第333話 最終決戦、天王寺口―4

 幸村は硝煙と土煙りの只中を、松平隊の囲みを打ち破って馳駆した。めざすは家康の本陣。そこには、金扇きんせんの大馬印が掲げられているはずであった。

 しかしながら、徳川軍は大軍である。

 馬上、幸村はくらから伸びあがって目を凝らした。金扇の馬印はいずこにありや。家康はいずくんぞ。


 この幸村のそばを片時も離れず、付き従う二人の武者と女忍びの姿があった。

 それが、由利鎌之助と土屋重蔵、そして火草である。

 とめどなく押し寄せる敵に向かって、三人は白刃をふるった。

 鎌之助と十蔵は槍を縦横に遣い、火草は苦無をひらめかせて敵の喉頸を掻き斬った。

 幸村から拝領した村正の脇差はうしろ腰に差したままであった。その脇差は、幸村の形見の品として、佐江姫の墓前に供えねばならぬ。ゆえに血でけがすわけにはゆかぬものであった。


「ぬかるまいぞ。鎌之助どの、重蔵どの!」

「おうっ、火草どのには負けられぬわ」

「その意気じゃ。源次郎さまのご最期をわれらは見届けねばならぬ」

「おうともよ。日ノ本一の立派な戦いぶりを見届けねばならぬ}


 幸村を守りつつ、ひたすら前進する三人の前に、群がる敵の雑兵が絶叫とともにたおれ、血の霧がしぶいた。

 返り血を全身に浴びた三人は、まさに悪鬼のごとき形相を呈した。

 火草が顔にかかった血飛沫を手の甲で拭いながら、再び言う。

「佐江姫さまが太郎山で源次郎さまを待っておられる。敵に御首級を絶対に渡してはならぬッ」

「わかっておるわ、火草どの」

 その横で重蔵が鎧武者を串刺しにした。


 重蔵がにっこり笑って言う。

「こんなに多くの人をあやめたのじゃ。われらは極楽にゆけぬのう」

 火草が不敵に笑う。

「極楽にゆけぬなら、ゆかずともよい。われらは信濃の天上にとどまり、故郷の緑にかがやく野山を眺めて笑い暮らそうぞ」

 鎌之助と重蔵が異口同音に応えた。

「それはよい。さすが火草どの!」


 幸村軍は松平忠直軍の囲みを打ち破ろうとしていた。この松平隊の苦戦を見て、幸村の左前方から伊達政宗1万の軍が押し寄せようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る