第331話 最終決戦、天王寺口―2

 筧十蔵の号令一下、真田鉄砲隊の大筒が火を噴いた。

 耳をつんざく轟音が一斉に唸り、前方の越前兵をはじき倒した。至るところに臓腑を破られ、手足の欠けた肉塊が散乱する。

 砲弾で首を飛ばされた馬が、生霊いきりょうのごとく戦場を駆け抜けたかと思うや、仰向けにひっくり返った。


 さらに十蔵が死神のごとき下知を下す。

「九度山の猟師衆、いざ、放たれよ!」

 その瞬間、紀州九度山から幸村に従ってきた九度山猟師30人の火縄銃が火を噴いた。その正確無比な攻撃に、徳川勢の手負いはさらに増え、戦場は呻き声に満ちみちた。


 間髪を入れず、海野六郎が咆えた。

「弓隊、放てええーっ!」

 直後、おびただしい弓矢が雨のごとく徳川勢に降り注いだ。

 松平忠直の軍は、ただならぬ混乱に陥り、陣形は完全に乱れた。驚いた軍馬が兵を蹴って狂奔しているのが見える。


「めざすは、大御所家康の首ひとつ!」

 幸村は丁子村正を真額にかざし、短く下知するとともに、駿馬を駆って敵に突進した。

 由利鎌之助と土屋重蔵が、得手えての槍を掻い込み、幸村の脇を固めた。

 火草が村正の脇差を後ろ腰に差し込み、幸村のあとを追う。


 望月六郎の声が響く。

「若に遅れるなッ!死ぬのは今ぞ」

 根津甚八が叫ぶ。

「見事討ち死にし、信濃の空に名をあげよ。佐江姫さまが見ておられるぞ」

 

「うおっ、うおおおーっ!」

 獣の咆哮にも似た雄叫びをあげながら、真田軍は一丸となって徳川勢の真っ只中に斬り込んだ。

 紅蓮の炎か、赤い龍か。疾風を巻いて真一文字に突進する赤備えの軍団。その死をも恐れず猪突する姿は、まさに壮観の一語に尽きた。


 この日、幸村は緋威しの上に緋色の陣羽織をまとい、鹿の角の前立てを打った白熊はぐま付きの兜をかぶっていた。おのが最期を飾るために、父昌幸から受け継いだ真田家重代の兜をつけたのである。

 馬は秘蔵の河原毛かわらげ。これに六文銭の家紋入り金覆輪きんぷくりんの鞍を置き、紅の厚総あつぶさをかけていた。


 しかも、この幸村とまったく同じ鎧兜をつけ、戦場を馳駆する三人の騎馬武者の姿があった。

 望月六郎、根津甚八、穴山小助の三人である。

 いずれも幸村の影武者となって、敵を惑わしながら、家康の本陣へと肉薄する。

「真田幸村、ここにあり!」

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