第329話 一子大助との別れ―2

「大坂城に立ち戻り、秀頼公のご出馬を仰いでくれぬか」

 と、幸村から言われて、大助は言下に応えた、

「いやでございます。それがしは、父上とともに戦い、家康公の首を刎ね、その上で父上とともに死ぬ覚悟にございまする」

 幸村は天を仰いだ。


 しばしの沈黙のあと、幸村はそばに控える火草に、三好春晴海と伊左兄弟を呼んでくれるよう頼んだ。

 やがて陣幕を払って、大入道の二人が現れ、大助の隣に片膝をついた。

 兄の晴海入道が銅鑼声を響かせる。

「お呼びでござりましょうや」

「うむ。例の手配はついておるか」

「はっ。豊臣家から恩顧をこうむった阿波水軍、すでに淀川河口に待機し、いまや遅しと控えておりまする」


 これを聞いた幸村が莞爾として微笑み、大助に向き直った。

「おそらく、そちが秀頼公のご出馬を仰いでも、難しいやもしれぬ。なにせ、秀頼公の背中には母君の淀殿が張りついておるでのう。しかし、やってみる値打ちはある。そう思わぬか。それに、ここだけの話じゃが……」

 幸村が声をひそめた。

「いずれにせよ、この合戦で大坂城は落城する。総大将家康公の御首級を頂戴しても、副将の秀忠どのが仇討ちとばかりにいきり立って、城に総攻撃をかけるであろう。さすれば、ひとたまりもない。城は炎に包まれ、阿鼻叫喚の地獄となる」


 大助が幸村の言葉にうなずいた。

 それを見て、幸村が言った。

「ここから申すことは、父の遺命である。よく聞くがよい」

 遺命と聞き、思わず大助は「はっ」と平伏した。

 もうこれが最後の言葉なのだ。

「たとえ秀頼公が城から出なくても、そのときは仕方がない。万策尽き果て、大坂城は落城の末、炎上しよう。しかしながら、秀頼公さえ生き延びまいらせれば、いずれ豊臣家再興の機会が訪れるやもしれぬ。そのときのために、火炎に包まれた城から秀頼公をお救いし、薩摩へと落ち延びさせまいらせよ。そのためにも、そなたは城に立ち戻らねばならぬ」


 大助は父幸村の真の狙いを聞き、うなずくしかなかった。

 その表情に、幸村とともに最後の一戦ができぬ悔しさがあふれていた。

 澄んだ両眼から泪が滂沱と流れ落ちた。

 三好晴海入道が大助を励ました。

「大助さま。泣いている場合ではございませぬ。秀頼公を落ち延びまいらせるのは、至難の技。なれど、われら両名が死力を尽くして、お手伝いさせていただきまする。いざ、参りましょうぞ」

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