第327話 幸村の遺命―2

 驚愕し、目をみはった由利鎌之助と土屋重蔵に幸村は言った。

「驚くのも無理はないが、おぬしらには余人に託せぬ頼みがある。明日の合戦で、われの最期を見届けたら……」

 ここで幸村が言いよどんだ。次の言葉がなかなか出てこない。


 その沈黙を望月六郎が破った。

「おぬしらには、ここに控える火草とともに、上田城の北にそびえる太郎山に行ってもらいたい」

 鎌之助が問う。

「何故に、太郎山へ?」

「若の首を徳川に渡すわけにはいかぬであろう」

 

 その六郎の言葉に、鎌之助と重蔵はすべてを悟った。

 ――若は死して上田の里に帰りたいのだ。太郎山に眠る佐江姫さまの傍らに……。

 二人は愕然とこうべを垂れた。

 人間の首は重い。しかも、信濃の上田まで首を運ぶとなると、落ち武者狩りや野盗の襲撃なども斬り抜けなければならないのだ。となると、それは女の火草より男に適した務めといえよう。


 肩を落とした二人の様子を見て、再び幸村が声を絞り出した。

「済まぬ。おぬしらは二人とも槍の達人。わが首を上田まで持ち帰り、太郎山に葬ってほしい。余人には託せぬという、わが思いをわかってくれるか」

 鎌之助と重蔵の瞼から大粒の泪が零れ落ちた。


 火草が二人に声をかけた。

「明日の合戦で、もしかしたらご両人とはぐれることになるやもしれぬが、私めの姿が見えぬとも、二人で斬り抜けて戦場を抜け出してくだされ。私めのことは心配ご無用。この火草も必ず上田に戻り、佐江姫さまの墓前にすべてを報告する所存。太郎山でお会いしましょうぞ」


 幸村の横から望月六郎が二人に引導を渡す。

「明日の合戦で別れとなるが、若もこの六郎も魂魄こんぱくとなって太郎山に先に戻り、おぬしらが来るのを待っておる。再会のときが楽しみじゃ。よって水盃は交わさぬが、その代わりに、わが鼓を馳走しようぞ」

 六郎は鼓の達人である。

「いよーっ」

 鼓を手にした六郎は、悲しみを振り切るように打ち鳴らしはじめた。

 その鼓の軽やかな音が、夜の大坂城に流れ、すべての将士の耳朶に心地よく響いて、ひとときの慰めとなった。

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