第326話 幸村の遺命―1

 その後、幸村は武器・弾薬を補充するため、大坂城に入った。

 裸城となった城の正面に、雲霞のごとき大軍がひたひたと迫ってくるのが見える。関東勢の旗幟が無数に林立し、風にひるがえる。


 それを見て、望月六郎が凛然たる声音で陣中の幸村に語りかける 

「いよいよ戦いを決すべき時と心得まする」

 二人とも同じ緋威しの鎧をまとっているため、いずれが幸村か、判別できないほどである。

「左様、明日は死しても勝つという覚悟あるのみ」

 この幸村の言葉に、六郎が大きくうなずいた。


 幸村は明日の戦いに思いをめぐらせた。明日5月7日は最後の戦いになるであろう。相討ちでよい。いかに家康の首を獲り、晴れやかに死すべきか―幸村の思いはそこに尽きた。


 その頃、由利鎌之助と、その従弟たる土屋重蔵は、槍隊を率いて幸村本陣の警護を固めていた。深更、冷たい雨が地面を叩きはじめた頃、火草が二人の前に顔を出した。

「鎌之助どの、重蔵どの。源次郎さまがお呼びでござる」

「はて、このような夜分、何用であられるか」

 怪訝な顔つきで、二人は陣屋の中にいる幸村の前に片膝をついた。

「ご用でございますか」

「うむ。ちと言いにくいことではあるが……」

「水くさい。われらは前々から若と生死をともにしてき申した。何なりと仰せられまいらせ」


「では申す。もはや豊臣家の命運は尽きた。明日の落城は必至。われが討ち死にすることは必定である……」

 この言葉を聞くや、鎌之助がきっぱりと応えた。

「われら両名、若と生死をともにすると決めておりまする。どこまでもお供いたしますぞ」

 重蔵が眦をあげて、「おうっ!」と同意した。


 瞬時、幸村は瞑目し、ややあって口を開いた。

「誠に相すまぬが、おぬしらには、明日の戦さを斬り抜けて、無事に信濃に帰ってもらいたい」

「なっ、何を申されますか!」

 あまりのことに鎌之助と重蔵の二人は驚き、異口同音の声を漏らした。

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