第325話 決戦!大坂夏の陣―4

 伊達政宗自慢の騎馬隊が幸村隊めがけて突進してきた。

 伊達軍の将、片倉小十郎が馬上、あらん限りの声で叫ぶ。

「踏みつぶせ!蹴散らせ!」

 これに対して筧十蔵が再び銅鑼声をあげる。

「撃てえええーっ!」

 海野六郎も金切り声で弓隊に下知した。

「放てえええーっ!」

 凄まじい矢玉の雨が伊達軍に降り注いだ。

 騎馬武者が次々に地にまろび落ちる。


 すかさず由利鎌之助と土屋重蔵の槍隊が、伊達軍に突入とした。幸村の一子、真田大助もわれを忘れて馬腹を蹴り、群がる敵陣に斬り込んだ。三好晴海と伊左兄弟が鉄棒を唸らせ、敵の頭蓋を兜もろとも打ち砕く。伊達軍は真田隊の猛攻で総崩れの様相を呈した。


 これはいかぬと見て、片倉小十郎が「ひけっ、ひけいっ」と叫んだ。

 伊達軍の陣からも、全軍撤退をしらせる退き太鼓が鳴った。

 伊達の兵が必死で逃げ散ってゆくのを見て、幸村が下知した。

「深追いをするな。戦いはこれからぞ」

 かくて真田隊が勝鬨かちどきをあげ、次の戦いにのぞもうとした直後、大坂城から退却命令がもたらされた。

 淀殿の側近である大野治長は、後藤又兵衛や木村重成、薄田隼人正すすきだはやとのしょうら西軍の名だたる将が討ち死にした報に接し、心細くなったのか、あわてて撤退の伝騎を飛ばしてきたのである。


 幸村は殿軍しんがりとして敗残の兵を収容しつつ、大坂城の南である天王寺方面へとゆっくりと退いた。しかも、敵前をあえて悠々と引き揚げ、挑発してみせた。なのに徳川方は幸村の武威に恐れをなしてか、追撃を仕掛けてくる気配もない。

 それほど真田隊の戦いぶりは、恐るべきものがあった証左といえよう。

 海野六郎が敵に向かって悪態をついた。

「かかってこんかい!」

 穴山小介がののしる。

「どうした。どうした。そんなヘッピリ腰ではオカマの尻も貫けぬぞ」

 根津甚八が尻をフリフリ言う。

「イヤイヤ、いや~ん」


 六郎や小介同様、この撤退に幸村も不満であった。歯噛みするほど口惜しかった。

 真田隊3千余の兵にはまだまだ余力があり、敵にさらなる痛打を与える自信もあったのに、退却命令が出たのだ。しかも、敵を挑発しても攻撃を仕掛けてこない。伊達政宗率いる1万の兵も、鼻先をかすめてしずしずと引き揚げてゆく真田隊に手出しをせず、片倉小十郎の陣も粛として静まり返っていた。


 幸村は馬上、徳川方に向かって声を張りあげた。

「関東勢百万と候へども、おとこは一人もおられぬのか」

 幸村のそばに控える火草が、珍しく手ばなしで破顔した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る