第319話 家康の謀略―4

 徳川方の大砲が大坂城本丸を直撃した、このときの惨状が『台徳院殿御実紀』にこう記されている。

「大筒、あやまたず淀殿の居間の櫓を打ち崩したり、其の響き、百千の雷の落ちたるごとく、そばに侍りし女房七、八人たちまちに打ち殺され、女童の泣き叫ぶことおびただし」

 自分の居間が砲弾で崩され、目の前で侍女たちが吹き飛ばされて死亡したのである。淀殿は、手足がもげた血まみれの状態で、侍女が断末魔の呻きをあげる光景を目の当たりにして、震えあがった。


 淀殿は大野治長に金切り声で申し渡した。

「和議じゃ。家康どのの申される和議に応じよ。和議の条件?そんなもの、いま考えられようはずもない。急ぎ和議を進めよ」

 小谷城の陥落など戦国の世の悲惨さを味わってきたはずなのに、淀殿は所詮、覚悟の足らぬ女であった。もっとも、周りからチヤホヤされると、男女問わず思慮の乏しい凡愚となり果てることは、よくあることである。


 無論、幸村ら牢人衆は、

「戦局はわれらに有利。断じて和議になぞ応じてはなりませぬ」

「家康は三成どのに古狸と綽名あだなされたほど老獪で姑息。和議と称し、その狸腹にいかなる謀略を蔵しておることやら。騙されてはなりませぬ」

 と、こぞって和議に異を唱えた。

 しかしながら、大坂城は淀殿や大蔵卿局が権勢をふるう女城にすぎなかった。

 結果、家康の姦計にはめられ、大坂城は本丸のみを残す裸城になり果てることとなった。

 

 畢竟、次の合戦は野戦となる。堀のない裸城に籠って戦うわけにはいかない。それは、戦場で鎧兜をつけずに裸で斬り合いみたいなもので、勝負の帰結はいうまでもない。

 家康はどうしても豊臣を滅ぼし、大坂城に蓄蔵された莫大な金銀、財宝をわがものとし、その金で確固たる徳川の世を築きたかった。

 大坂方は、権力欲に取り憑かれ、小汚い権謀術策を弄する家康の思う壺になろうとしていた。

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