第316話 家康の謀略―1

 群雄割拠した戦国時代において、家康ほど爽やかさのない武将は珍しい。

 真田丸で華々しい勝利をあげた幸村のもとに、家康の謀臣本多正純の書状が、真田信伊のぶただ経由で届いた。信伊とは、家康の旗本として仕える幸村の叔父である。無論、このとき信伊は東軍の陣中にあった。


 書状には「徳川方に寝返れば、信濃10万石を与える」とあった。

 それを披見するや否や、幸村は書状をビリビりと引き裂き、

「このようなもの、見るも、ふれるもけがらわしい」

 と、目の前で燃え盛る篝火かがりびに投じた。


 徳川は佐江姫の仇であり、岳父大谷吉継の仇でもある。まして、無念のうちに黄泉へと旅立った父昌幸のことを思えば、徳川方に寝返るなどありうるはずもない。幸村の欲しいものは、家康の白髪首しらがくびひとつであった。


「復讐するは我にあり、義の刃は我にあり!」

 幸村は腰から愛刀の千子村正せんじむらまさを一気に鞘走らせ、月光にかざした。その村正は父昌幸の形見である。

 研ぎ澄まされた村正の刀身は、月の光を冴え冴えと映し、一点の曇りもない。

「討つ!家康を断固討つ!」

 幸村は改めておのが心に誓った。


 この冬の陣において、戦闘らしい戦闘は真田丸の戦いだけと言っても過言でへはない。以後、戦況は膠着し、東西両軍の対峙は1カ月以上に及んだ。それだけに真田丸の劇的な勝利は、幸村の武名を満天下に示した。


 一方、家康は自軍の失態に苦りきり、難攻不落の大坂城を前にしてイラついていた。元来、この男は野戦こそ巧みであったが、城攻めは得意としていない。

「ええいっ、どいつもこいつも軽挙妄動するばかりで役に立たぬ。いかにすべきか」

 家康は謀臣本多正純、天海僧正らを傍らに呼びよせ、密議を凝らした。

「このままでは城は落ちぬ。らちが明かぬ。良い策はないものか。穢い手を使ってでも、いまこそ豊臣を滅ぼすのじゃ。それでなくては、安心して死ねぬわ」

 

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