第315話 真田丸、冬の陣―4

 真田鉄砲隊の猛射を浴びて、空堀内は断末魔の呻きに満ちみちた。

「こっ、これはいかぬ。ひけ、ひけいっ」

 足軽頭らしき粗末な甲冑を着込んだ巨漢が、悲鳴のように叫んだが、すでに時おそしであった。

 海野六郎が大きな口から唾を飛ばして咆哮する。

「弓隊、放てえええーっ!」

 次の瞬間、空堀に向かって豪雨のように矢雨が降り注いだ。

 たちまち空堀の中に、新たな死骸が折り重なり、血の海の様相を呈した。


 こうなると、徳川勢はもはや逃げることしか頭にない。命ある者は、助かりたい一心で空堀から這い出し、転げまろびつ逃げ散る。

 寄せ手は恐慌状態に陥り、完全にひるんだ。

 馬上、若き副将の真田大助が叫ぶ。

「今ぞ。敵将を討ち取れ。手柄をあげよ」


 この下知に由利鎌之助と従弟の土屋重蔵率いる槍隊500余名が鬼の形相で吶喊した。根津甚八、穴山小介が大助の両脇を固め、三好晴海入道、伊左入道兄弟が鉄棒を苧殻おがらのように振りまわして縦横に暴れまわった。


 戦い終わって日が暮れて――。

 結句、前田利常隊は300騎以上、松平忠常隊は480騎馬以上もの戦死者を出した。

 敵をおびき寄せて、罠にはめて痛打を浴びせる。それは上田城の戦いの再現でもあった。亡き昌幸の戦術を写し取ったかのような戦い方で、幸村・大助父子は徳川方を翻弄したのである。


 夜のとばりが降り、見事な初陣を飾った大助は、櫓の柱にもたれ、眠りこけた。信濃から集まった郎党らも土埃りにまみれたまま随所でごろ寝している。

「父上、今日の戦い、ご覧になられまいたか。佐江どの、ヒノイチへの戦い、ご覧になられまいたか」

 満天の星空を仰ぎ、幸村は天上の昌幸と佐江姫に語りかけた。


 翌朝、真田丸に緋羅紗の陣羽織をひるがえして、霧隠才蔵が現れた。

「幸村どの、あれをごろうじろ」

 才蔵の指さす方向に目を遣ると、徳川方の雑兵が黒々とうごめいている。

 幸村は才蔵に問うた。

「あれは、もしや塹壕ざんごう掘りであるか」

「左様。真田鉄砲隊に恐怖した家康は、大坂城の惣構えに塹壕を掘って、徐々に近づくという腰抜け戦法を選んでござる」

「ふむ」

「それだけではない。甲斐や佐渡金山の鉱夫を動員し、大坂城へと地下道を掘削する策戦も立てたようでござる」

 狸親爺といわれた家康らしい、爽快感の欠片かけらも感じられぬ戦法であった。

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