第311話 嘗胆と選択

 いかに大坂城が難攻不落とはいえ、関東方から波状攻撃を受け、徐々に疲弊すれば士気は確実に落ちる。士気が落ちれば、内部分裂が起き、徳川方に寝返る者すら出てくるであろう。武田家も内部分裂で滅びた。

 桃という果実は、内部から腐るのだ。

 幸村はそれを心配していた。


 苦い気持ちを飲み込んで、幸村は治長に提案した。

「では籠城する前に、せめて将軍秀忠への奇襲作戦をお許しいただけまいか」

 大坂まで遠征してきた秀忠の軍は、本陣に入ると疲れが最高潮になっている。その隙を狙って、騎馬隊で夜襲をかけたいと説いた。

 上田城の戦いでも、幸村は秀忠本陣に数十騎と雑兵を率いて奇襲をかけ、散々打ち破っている。幸村は今回500騎もあれば、秀忠の首さえ刎ねることができるとさえ考えていた。


 この幸村の提案に、治長は渋い顔で腕組をした。

 それに構わず、幸村は珍しく自説を主張した。

「とにかく、城方の士気が落ちぬことが肝要。敵の総大将が傷つけば、大坂城の士気はあがり、これは勝てる、いや、絶対に勝つという気勢が生まれましょう。奇襲で20万人の敵を大いに動揺させるのです。試す価値はあると思われぬか」

 これに、後藤又兵衛、木村重成らの浪人たちが同調した。


 しかし、治長は話に乗ってこない。

「淀の方は、いったん仰せになれば、梃子てこでも動かれぬ。ここは防備を二重、三重に固めて、徳川方がしびれを切らせるまで籠城を決め込むしかあるまい。その後、有利な条件で講和を勝ちとればよいのではあるまいか」

 この治長の言葉から、幸村は悟った。

 大野治長は軍議の前に淀殿と話し合い、あらかじめ籠城戦と決めていたのだ。しかも、この淀殿の乳母の子は、淀殿のねやにもはべっているという、よからぬ噂があった。となると、治長は淀殿の腰巾着にしか過ぎないのではないか。


 幸村はもはや詮かたなしと、籠城戦を前提にした策戦を提案した。

 それは、武田流築城術に基づく策戦であった。

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