第297話 高野山へ―1

 真田昌幸は、高野山に発つ前に、上田城を見上げて、名残りを惜しんだ。

「にしても、この城でよくも3万8千余の徳川軍を足止めできたものよ。なのに、三成どのの西軍は、あっけなく敗れた。言うても詮ないことじゃが、ふふふっ」

 さびしげに笑う昌幸に、幸村が声をかける。

「父上、われらの代わりに、兄上がこの城のあるじになられます。必ずや、真田家を安泰へと導いてくれましょうぞ」


 徳川に与した信幸は、上田領3万8千石、沼田領2万7千石と、加増3万石を得て9万5千石を領有する上田城主となった。

 なお、この頃から、真田家の通字である信幸の「幸」の字をはばかって、信之と改名し、徳川家に配慮を示している。


 昌幸は幸村の言葉に莞爾と笑み、愁眉を開いた。

「うむ。真田家は残った。われらは徳川と事を構え、二度も勝ちをおさめた。それで満足することとしよう」

「しかも、父上。われらにはまだ先がございまする。これで終わりではありませぬ」

 昌幸は幸村と目を合わせた。

 幸村の涼しげな笑みの中に、不敵な気魂がうかがえた。

「ふふっ、源次郎。時節の到来を待てとな。よかろう。いつか来るその日まで、二人揃って神妙に蟄居ちっきょするのも一興やもしれぬ」

「御意」


 確かに、家康は関ヶ原の戦いに勝った。

 かといって、ただちに天下を掌握したわけではない。

 戦後の論功行賞で、徳川家に加担した豊臣恩顧の大名は、その多くが加増され、西国に強大な力を有して割拠することとなった。

 しかも、豊臣秀頼は依然、天下の名城である大坂城のあるじであり、その大坂城には途方もないほどの莫大な金銀が蓄えられているのだ。

 

 金城湯池の大坂城、巨万の秀吉遺金。

 この二つは、家康の天下取りにとって、最大の脅威であることは、誰の目にも明らかであった。

 となれば、野望をたくましくする家康は、遅かれ早かれ大坂城を攻めざるを得ない。目障りな豊臣家をつぶしにかかることは、疑いのないことであった。

 昌幸の双眼にも、不敵な色がよみがえってきた。

 それは、戦乱をこい願う「もののふの眼」であった。

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