第292話 佐助の仕掛けた悪夢―2

 秀忠が小諸城の奥でイビキをかきながら寝ていた。

 その寝間の隅には、燭台の火がチロチロと揺らめいている。


 深更、何やら異様な気配がした。

 胸の辺りが重苦しいような気もする。

 はて、面妖なと、秀忠はおそるおそる薄目を開けて、寝間の暗がりを見回した。


 すると――。

 おのが胸の上に黒いものが置かれているではないか。

「ん?」

 秀忠はしっかりと瞼を開け、それを凝視した途端、

「ぎえええぇぇぇーっ」

 と、すさまじい悲鳴をあげ、跳ね起きた。


 不寝番の小姓が、「すわ!何事か」と、隣室から飛び込んできた。

 秀忠が唇をわなわなと震わせながら、小姓に床板に転がった黒いものを指さした。

 小姓がその指の先を見遣ると、何としたことか、見慣れた家康の首が転がっているのだ。血だらけで、見るからにおぞましい。


「ぐわわーっ」

 小姓が眼球を剥きだして、叫声をあげた次の瞬間であった。

 その家康の首がむくりと起き上がり、這うように近づいてくるのだ。

 秀忠は失禁した。

 小姓は腰を抜かした。

 家康の首が二人の眼前にまで迫ってきて、歯をカタカタと鳴らし、語りかけてきた。

「秀忠、こんな田舎武者の真田相手に、何を手こずっておる。おまえのせいで、わしは三成めに討たれたではないか。この愚か者めが!」


「ぎょえええぇぇぇぇーっ!」

「ぐわわわわーっ!」

 秀忠と小姓が同時に断末魔のような悲鳴をあげた。

 そのけたたましい叫び声に、手燭をかかげて現れたのは秀忠の傅役もりやく、土井利勝であった。


 家康の隠し子といわれるこの利勝は、何事につけ冷静沈着で思慮深い。

 床板の上の首を一瞥しただけで、すぐさま贋首にせくびと見破った。

「ふむ。内府さまとよう似せておることよ」

 と、つぶやきつつ、長押から九尺柄の槍を押し取った。

 天井裏のかすかな気配に気がついていたのである。


 利勝は槍を構えるや、

「えいっ」

 という裂帛れっぱくの気合もろとも、大身槍を天井板にブスリッと突き立てた。

 その瞬間、天井裏に忍んでいた佐助は肝をつぶした。

 天井板に耳をつけて下の様子を窺っていた佐助の顔すれすれに、槍の穂先が顔を出したのだ。

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