第291話 佐助が仕掛けた悪夢―1

 小諸城での軍議は、いつ果てるともなくつづいた。

 愚将の秀忠が、

「これはわが初陣なるぞ。このまま敗北したということになるならば、われは生涯、初陣取りこぼしの将として、わらい者になるではないか。いま一度、攻めて、昌幸の首を刎ね、何としても凱歌をあげるべし」

 と、金切り声で主張したのだ。

 

 大将が凡庸なら、取り巻きの側近もおべっか使いになる。

 秀忠の意見に対して、このように同調した。

「若殿の仰せられること、ごもっとも。こちらは大軍。ここは多少の犠牲を覚悟の上、総攻撃をかけ、徳川の面目のためにも真田をつぶすべきでござろう」


 確かに、軍勢を手分けして四方から一斉に総攻撃をかければ、守兵三千の上田城は陥落するに違いない。しかし、それなら5日前の攻撃開始時期からそうすべきであったのに、昌幸の仕掛けた陥穽にはまってズルズルと今日に至っているのだ。

 

 参謀で目付役の本多正信は、いらいらしつつも、総大将で家康の息子たる秀忠に叱声を飛ばすわけにもいかない。

 正信の脳裏に「内府さまは、いま頃、東海道をどこまで進んでおられるのか」という思いがよぎっていた。

 石田三成率いる西軍との決戦に遅滞しては、本末転倒の事態になり、秀忠もただではすまない。おそらく次期将軍候補からはずされよう。


 軍議が紛糾する中、正信はひとまず秀忠に釘をさした。

「真田討伐のお気持ちは理解できますが、なれど、上方の敵こそ大事。ここで、いたずらに兵を損なっては後の祭り。自重せねばなりませぬ」

 この遠回しの言い方に、秀忠が嚙みついた。

「ほう。真田ごときは小事と心得よと申すか。わしの初陣も負け戦さでよいと申すか」

 秀忠の側近が声を荒げる。

「正信どの。無礼であろう。言葉をおひかえなされ」


 結論が出ぬまま、やたらと長びく軍議に、誰もがいらつき、疲れ果てた。

 そして3日目の夜――。

 緒戦の負け戦さに加え、紛糾する軍議に、げっそりと憔悴した秀忠は、小諸城の奥で掻巻かいまき布団を着込み、イビキをかいて寝ていた。

 その寝間でとんでもないことが起きたのである。

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