第287話 秀忠、愚かなり―2
降伏勧告に来た信幸と本田忠政の二人に、昌幸はこう言った。
「いやいや、われらは徳川に弓引くなどと大それたことは毛頭考えており申さぬ。わざわざご足労いただき、実にかたじけない」
忠政は狐につままれた面持ちで訊いた。
「では、何故に犬伏の陣を引き上げられたのか」
「いや、それが折あしく体調が悪くなり、これでは内府どののお役に立たぬばかりか、上杉討伐の足を引っ張ることになってはいかがかと思い、一旦、上田に療養のため引き上げたまでに過ぎませぬ。釈明の言葉足らずになったことは、いやはや田舎者ゆえの不調法。誠に申し訳ござらぬ」
忠政が重ねて訊く。
「ふむ。左様ならば、徳川に弓引かず、素直に開城なされるおつもりか」
「無論にござる。そもそも、われらには戦う気などござらぬ。明日にも城を明け渡すべく、家臣どもと談合つかまつる」
これを聞き、本多忠正は大いに悦んだ。
その横で、真田信幸はひと言も発せず、不審げな顔つきで腕組みをしていた。
信幸は「これは、絶対におかしい」と思っていた。
しかしながら、敵の総大将たる父が開城すると明言しているのである。
しかも、徳川譜代衆である本多忠正の前で、父を嘘つき呼ばわりすることができようか。反論のしようがない。
やむなく信幸は、昌幸の口上をそのまま秀忠に伝えることにした。
翌朝、秀忠の軍使が、上田城へ出向き、開城をうながした。
すると――。
昌幸の態度は一変し、こう言い放った。
「われらは亡き太閤殿下のご厚恩に報いるべく、この小城に籠って一戦し、真田の武辺を天下に示したく存ずる。ぜひ、上方向かう途次に、ひと攻めなされよ。こちらも矢弾を馳走つかまつるので、たんと召し上がられるべし」
軍使からこれを聞き、秀忠はわなわなと五体をふるわせ、激怒した。
昌幸の「足止め策戦」にまんまと引っかかったのである。
秀忠は怒りのままに咆えた。
「真田安房守の首を何としても刎ねよ。首を獲ったものには、何なりと褒美を取らす!」
思慮も分別もないこの感情的な下知により、徳川軍はいたずらに奮い立ち、15年前と同様、前後の見境をわきまえない猪武者の集団と化した。
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