第286話 秀忠、愚かなり―1

 慶長5年9月2日、秀忠軍は碓氷峠を越え、小諸城に入って上田攻めの方策を講じた。

 小諸城内での軍議は、緊張感のないことおびただしい。

 無理もない。相手はたかだか片田舎の小城に拠る3千足らずの籠城軍なのだ。秀忠麾下の諸将はすでに楽勝気分にひたっていた。


 その中で、二人の武将がやたらに気負っていた。

 一人は総大将の秀忠である。

 このとき、秀忠弱冠22歳。しかも初陣であった。

 この若者は、かつて父家康が受けた屈辱をそそぎたいという一念に熱く燃えていた。


 もう一人は、大久保忠隣ただちかである。

 忠隣の場合は、実父の大久保忠世ただよ、叔父の彦左衛門が、かつての神川の戦いで手痛い目に合わされていた。ゆえに、ぜひとも前回の意趣を晴らすべく血気に逸っていた。


 秀忠は、軍議の席で息巻いた。

「この機会に、真田を血祭りにあげ、緒戦を飾るべし。これは、わが徳川軍にとって、雪辱戦でもある」

 ぜひとも前回の無念を晴らしたいと言い募る秀忠に対して、老将の本多正信が冷静な声音を発した。

「まあまあ、落ち着かれよ。われらの目的は、三成率いる西軍主力部隊と戦うこと。できれば一兵も損なうことなく、内府さまの軍と合流することが肝要。よって、力攻めをするより、ここはひとまず降伏を勧告されたし」


 これに秀忠は不服そうに顔をしかめたが、相手は数え63歳、譜代の功臣である。しかも、父家康の側近中の側近であることからして、若造たる秀忠は遠慮せざるを得ない。

 渋々、正信の提言をれた。


 降伏勧告の使者は二人。真田昌幸の嫡男、源三郎信幸と本田忠政であった。

 忠政は本多忠勝の嫡男でほあるから、信幸の妻たる小松姫の兄にあたる。すなわち二人は義兄弟の関係にあった。


 この二人は城下の国分寺で、昌幸と会った。

 すると、昌幸がまったく意外なことに、諸手を上げて二人を歓待したのである。

 父の性格を知る信幸は、「まさか!」と、あっけにとられた。

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