第281話 真田昌幸の決断―3

 信幸は、三河武士の忠烈さについても述べた。

 家康の天下取りのためなら、命を惜しまぬ武将がいくらでもいると述べ、豊臣方に勝ち目はないとを力説した。

 それを聞きながら、昌幸はうんざりした。

 あまりにも平凡きわまる意見であった。

 しかも、この嫡男は徳川の陣にいながら、家康の寝首を掻く気持ちもさっぱりないのだ。


 昌幸は溜息まじりに自分の気持ちを吐露した。

「源三郎、家康めは、このわしに刺客を送りつけた男じゃぞ。しかも、沼田のわが領地を勝手に北条に与えようとした。それを忘れたのか」

「………」

「しかも、わしは上田の城を攻めてきた三河の兵どもを、神川の合戦で叩きつぶし、手痛い目あわせた。家康めは、わしのことを毛嫌いどころか、憎んでおるに相違ない。加えて、怖れてもおろう。そのようなわしが、あやつの天下取りに手を貸したとて、先々ロクなことはない。いずれ真田家は難癖をつけられ、取りつぶされるとは思わぬか」

「まさか、そのようなことは……」

「甘いのう。相手はあざとい古狸。太閤がみまかった後、家康は何度も署名血判した起請文すら反古にし、今や豊臣家をつぶしにかかっておる。あやつが天下を取れば、真田家など虫けら扱いよ。間違いなく悲惨な目にあおう。それが目に見えておりながら、徳川に与するなんぞ愚の骨頂。考えられぬわ」

「………」


 押し黙った信幸に、昌幸は唇を歪めて言った。

「なれど、この機に乗じ、徳川を叩きつぶせば、信濃、甲斐の二国くらいはすぐ手中にできよう。さすれば、真田家は天下への道が開ける。今こそ、信玄公が果たせなかった天下への野望を、旧主である武田家の遺業を、このわしが仕遂げるときがきたのじゃ」

 これを聞き、信幸は口をあんぐり開けた。

 父親の昌幸が、あまりにも大きな野望を胸に秘めていたことを、今さらながら思いしらされ、茫然としたのである。

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