第280話 真田昌幸の決断―2

 なにせ真夏である。

 宇都宮からとって返し、犬伏に駆けつけた信幸は、全身、汗に濡れていた。

 その信幸に、父親の昌幸が三成からの密書を見せた。

 信幸は書面を食い入るように披見した。


 目をみはって、書面に見入る信幸に、昌幸が短兵急に告げる。

「わしは治部どのの挙兵に応じる」

 信幸のいやな予感は的中した。が、ここで父のげんにうなずき、行く道を違えると真田家は危ない。滅ぶやもしれぬ――。


 昌幸の目を正面から見据えて、信幸は即座にばくした。

「父上、お待ちくだされ。わが真田家は、内府さまとは縁者。それに、ここまで従軍して手の平を返しては、後々、不義不忠のそしりを受けましょう」

 内府と縁者というのは、信幸が家康の養女(本多忠勝の娘)を娶っていたためである。

 しかし、それをいうならば、幸村とて亡き秀吉の命により大谷刑部の娘を妻としている。真田家は豊臣家の縁者ともなっているのだ。


 なお、昌幸と三成は、二人とも宇田忠頼の娘を妻とする相婿あいむこ、つまり義兄弟の関係にあったという説もあるが、これは近年、誤説として否定されている。


 信幸は興奮した面持ちで言葉を連ねた。

「それに三成どのは平壊者へいかいものと評されるお方。諸国の大名を率いる器量、人望に欠けるうらみがありまする」

 平壊者とは、冷徹で横柄という意味である。

 確かに、文治ぶんち派の旗頭たる三成は、官僚的で融通がきかない部分があるだけに敵も多い。

 今回の会津攻めの軍に加わっている武功ぶこう派の加藤清正、福島正則などは、反三成派の急先鋒であった。


 嫡男に意見された形の昌幸として面白くない。第一、そんなことは重々承知である。

 昌幸はむっとした顔になって、信幸と視線を合わした。

「話がまわりくどいのう。要するに、大坂方が負けると申すか」

「仰せのとおり。すでに天下の趨勢は内府さまへと傾いており、いかに三成どの、刑部どのが切れ者とて、この時勢の流れをとどめる術はもはやないものと存じます」

 それは、昌幸にとってあまりにも平凡な意見であった。

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