第279話 真田昌幸の決断―1

 真田信幸が犬伏に馬を奔らせていた頃、昌幸の陣所には、汗と埃にまみれた一人の男が飛び込んできていた。

 才蔵に次いで、今度は三成本人からの密使であった。

「お人払いを」

 と乞う密使を、昌幸は陣所の離れ屋に通し、そこで「内府(家康)違いの条々」という家康弾劾文、そして三成直筆の信書を受け取った。

 無論、その信書には三成率いる西軍に加担してほしいという趣旨が書かれている。


 昌幸は密書を披見するや、それを幸村に手渡し、

「それにしても、治部どのは挙兵前に、何故ひと言、わしに相談せぬか」

 と、不快げに眉根を寄せた。

 幸村が密書に目を通した頃、昌幸がせっかちな口調で問う。

「して、そなたはどうする?」

「どうするもこうするも、万事、お父上のお心のままに」

「わしがどちらに加担するか、知っておると申すか」

「お顔に、徳川は嫌いじゃと書いておりまする」

「ふふっ。家康なんぞに従っても、先々、ロクなことはないと思わぬか」

「確かに、徳川の天下など、さほど楽しいとは思えませぬ」


 昌幸には勝算があった。

 会津の上杉に加え、三成率いる西国諸藩、それに上田の真田家が手を結び、三方から家康軍を挟撃すれば勝てる、勝たせてみせるという自信である。

 第一、徳川は神川の戦いで散々に打ちのめした相手だ。少しも負ける気がしない。


 一方、幸村にとって、徳川は佐江姫の仇である。

 しかも、幸村の岳父である大谷刑部吉継が、三成の片腕として西軍にあるのだ。岳父のためにも、佐江姫のためにも、家康を討ち、徳川をつぶす――幸村は眦を決して、心に固く誓った。


 昌幸が思案顔でぼそっとごちた。

「さて、源三郎はいかがするであろうか」

 噂をすれば……であった。

 そのとき、二人の前に源三郎信幸が汗みずくになって現れた。

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