第278話 石田三成の挙兵―2

 幸村は突如、犬伏の陣所に現れた才蔵に問うた。

「さて、火急のことでござろうか」

 才蔵がうなずく。

「して、いかなることが出来しゅったいしもうしたか」

「石田治部少輔どの、このほど上方にて挙兵し候」

 昌幸が双眼を大きくみひらき、幸村と目を合わせた。

 

 才蔵がさらに告げる。

刑部ぎょうぶどのも治部どのに同心つかまつった由。それがしは、急ぎ越後に向かいますゆえ、これにて御免」

 刑部とは、石田三成の盟友大谷刑部吉継のことである。


 才蔵が二人の前から踵を返した後、昌幸が眦を上げて咆えた。

「急ぎ源次郎を呼べ!」

 源次郎が嫡男の信幸であることは言うまでもない。

 使番つかいばんは、すぐさま丑寅の方向へと馬を奔らせた。

 徳川秀忠に従って江戸を先発した信幸は、すでに宇都宮まで進んでいた。


 使番からの急報を受けて、信幸はただちに馬にまたがり、犬伏へと奔った。

 その日は凄まじい暑さであった。

 実直な人柄のこの男は、いかなるときでも容儀を崩そうとしない。目も眩むような炎天下、信幸は律儀にも鎧をまとったまま土埃りを蹴立て、昌幸のもとへと急いだ。

 鎧の背が陽を受けて灼けるように熱い。

 馬に鞭を当てながら、信幸はつぶやいた。

「やはり、来るものが来たか」


 徳川の陣中では、かねてから三成の挙兵が予想されていた。

 そうなれば、豊臣恩顧の大名が、家康に従うか、それとも三成にくみするか、ということが最大の問題となろう。と同時に、それは会津討伐軍に加わっている諸将にとって最大の関心事といえた。


 信幸は馬に鞭を当てつづけた。

 全身から汗が噴き出し、滝のように流れ落ちた。

 信幸が困ったような表情で、またしてもつぶやいた。

「父上は、どちらにお味方されるおつもりか。問題はそこじゃ」

 信幸は馬上、いやな予感を覚えていた。

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