第277話 石田三成の挙兵―1

 秀吉の死から二年が経過した慶長5年、石田三成は会津の上杉景勝とはかり、ついに挙兵した。

 東西から家康を挟撃しようという策戦である。


 これに対し、家康は会津討伐の兵を起こし、その大軍の中に、真田昌幸と幸村父子の姿が見られた。

 このとき、信濃の大名たちは、亡き太閤秀吉の命により、家康の与力的な立場に置かれていて、家康嫌いの昌幸もやむなく会津討伐の軍に加わっていたのだ。


 7月21日、昌幸と幸村は野州犬伏いぬぶしで、集落のうちの大きな農家を借りて陣を構えていた。

 その真田家陣所の庭先で時ならぬ騒ぎが起こった。

 荒くれの雑兵どもが、一人の武士を取り囲み、口汚く罵っているのだ。

「なにをぬかすか。大殿に会いたいだと。怪しいやつめ!」

「こやつ、どうやら切支丹のようじゃ。異形の姿なるぞ」

「ええいっ。面倒な。突き殺せ!」


 戦国の気風は荒々しい。

 足軽頭が合図の目くばせを送るや、異形の武士に向かって三本の槍が一斉に突き出された。

 刹那、武士の背中の長剣が目にもとまらぬ速さで一閃した。

 と――。

 信じられないことが起きた。

 三本の槍のけら首が同時に宙に舞っていたのである。

 異形の武士は、鋭い碧眼で足軽頭を見据えた。

 足軽頭の髭だらけの下卑た顔に、怯えの色が浮かんでいる。この次は首が飛ぶであろう。


 直後、

「そこまでじゃ。者ども、鎮まれいっ!」

 と、大喝したのは、昌幸である。

 さすが、ここぞというときは、戦場鍛えの音声が出て、兵を粛然とさせる。

 ぼそぼそと話す常日頃のしょぼくれた面影はどこにもない。


 雑兵どもが去ったあと、昌幸の脇に控える幸村が、懐かしげに声を発した。

「これは、霧隠どの。久方ぶりでござった」

 幸村がこの伊賀者と会ったのは一年ぶりのことになる。

 前年の春、霧隠才蔵は真田郷で馬責め(調教)をしていた幸村の前に飄然と現れ、五大老である前田利家の死を報告した。

 幸村の母千代乃の指図であることは明らかであった。

 それ以来の邂逅である。

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