第274話 矢沢頼綱の死
佐助が佐江姫の仇を討った直後の慶長二年。
真田家の柱石ともいうべき矢沢薩摩守頼綱が、不敗不羈の生涯を閉じた。八十の傘寿を迎えた折であった。
戦場での華々しい死を渇望した頼綱が、この時代には稀な長命を保ち、畳の上で最期を迎えたことは、運命の皮肉と申すべきか。
常に阿修羅のごとく戦い、不死身のごとく戦場を馳駆した頼綱が、鬼籍に入ったのは5月7日のことであった。
死の間際、嫡男の三十郎頼康にいわく、
「わしたとしたことが、死に遅れてしもうたわ。あの世で佐江姫に会えるのが楽しみよ。父上さま、遅いうございますとさぞや叱られるよう」
さらに、照れたような笑みを浮かべて、いわく、
「嬶も待っておろうて」
頼綱の
三十郎から頼綱の訃報を報された幸村は、伏見の真田屋敷で寂として瞑目した。
そのまま微動だにせず、黙祷すること二刻半。
陽が落ちる頃、醍醐寺の梵鐘が鳴り渡り、幸村の瞼の奥に、一人の武将が現れた。
黒糸縅の鎧に、白襟をつけた黒羅紗陣羽織。兜の前立てには鹿の角をそびやかしている。
――お
それは、15年前、黄泉の国へと旅立った雪村の祖父、幸隆の武者姿であった。
が、兜の下の顔は、なんと幸隆の弟、すなわち大叔父の頼綱ではないか――。
その頼綱が野太い声を発する。
「聞け、源次郎。龍の血を継ぐ者よ。そなたはまだ若い。時を待て。待つのじゃ。さすれば、いつの日か、そなたは赤き龍となる。風雲とともに天翔ける龍となる。辛抱つよく、時を待て。時節を待つ静かな強さを持つのじゃ」
その言葉は、幸村が少年の頃、祖父の幸隆から与えられたものと同一であった。
幸村の閉じた瞼から熱いものが零れ出た。
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