第273話 佐助の仇討ち―3
半蔵は松の木を見上げた。
この一瞬の隙が、半蔵の命取りになった。
半蔵が顔を上げた瞬間、縦つづけに、棒手裏剣が飛来し、そのうちの一本が半蔵の右肩を深々と貫いた。
「げっ!」
半蔵が右肩に突き刺さった棒手裏剣を抜きとり、闇に逃れ
直後、
「親父さま、親父さま。いずこにおわす!」
と、戦場鍛えの大音声を発し、大兵の武将がまっしぐらに駆け寄ってきた。
「おおっ、清正。ここじゃ、ここにおるぞ」
気を強くした秀吉が大声で喚く。
現れた武将は、加藤虎之介清正であった。
それを尻目に、半蔵は血の噴き出る右肩をおさえ、一目散に奔り逃げた。
佐助が追う。
夜空には満月がかがやいていた。
二の丸を過ぎた頃、半蔵の顔は蒼白くなっていた。肩の傷からは、手で押さえても血が流れでていた。
――この月明かりでは、到底逃げきれぬ。
そう考えた半蔵は、三の丸の堀ぎわで足をとめた。そして、そのまま振り向きもせず、背後の人影に声を投げた。
「おぬし、確か佐助と申したな。小田原の陣でも、どさくさに紛れて物陰から棒手裏剣を投げてきたであろう」
「ふふっ。あの折は仕損じたが、今日こそは逃さぬ」
「わしは常におぬしの気配を感じておった。どうやら決着をつけるときが来たようじゃ」
「おおっ。佐江姫さまの仇!覚悟せよ」
次の瞬間、佐助は腰の脇差を閃かせ、空中に躍った。
幸村から拝領した貞宗だ。
半蔵も忍び刀を振りかざして宙に飛んだ。
刹那、虚空に火花が散り、ふたつの影が満月の中で交錯したかと思うや、佐助は宙でくるりと一回転し、地上にすとんと降り立った。
振り返ると、背中を割られた半蔵がゆっくりと倒れ、そのまま堀の中に転げ落ちた。
――あの傷では、逃げおおせても、もはや助かるまい。
佐助が思ったとおりであった。
半蔵は半死半生の状態でおのが屋敷に辿りついたが、その後、手厚い治療もむなしく息を引き取った。
墓は江戸麹町の正念寺にある。
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