第272話 佐助の仇討ち―2

 屏風で囲まれた白砂の庭に、秀吉はいた。

 暗殺を恐れて、女物の着物をまとい、その腕には愛児お拾いとおぼしき幼児を抱きよせている。

 佐助が松の木の上で、服部半蔵が現れるのを待った。

 四半刻ほどが過ぎたそのとき――。


 警護の小姓らが立ち騒いだ。

「曲者じゃ!」

「曲者でござる。出合え、出合え。お出合召されいっ!」

 案の定、家康の命を受けた半蔵が、秀吉の首を狙ってやってきたのだ。


 半蔵が抜き身の刀を手に、秀吉に近づくや、一人の小姓が脇差を抜き放った。しかしながら、その脇差が一閃する前に、小姓は半蔵からの太刀を浴び、鮮血のしぶきが屏風に飛び散った。

 残りの小姓ら四、五名が立ち向かったが、半蔵の敵ではない。たちまち全員が死骸むくろとなり、地に斃れ伏す。

 半蔵はその死骸を蹴り、さらに屏風を蹴倒した。


 秀吉の驚愕した目に、半蔵の黒い影が映った。

 その刹那――。

 半蔵の背を鋭い殺気が襲った。

 小姓らの声を聞きつけて、駆けつけてきた武士が、半蔵の背に必殺の刃を浴びせたのだ。

 だが、その刃は虚しくくうを斬った。

 武士の太刀を苦もなくかわした半蔵は、一転、逆手に持った忍び刀で相手の手首を斬り上げ、返す刀で首を刎ねた。


 もはや半蔵の前に立ちはだかる者はいない。

 秀吉や淀殿らは、あまりの惨劇に腰を抜かしたものの、腹の据わった大政所は、泣き叫ぶお拾いを袖の下に隠した。

「ふふっ。太閤か」

 片頬に冷笑を浮かべた半蔵が、恐怖にすくむ秀吉の前に立った。


「お命、頂戴仕る。観念して後生ごしょうを願うがよい」

 半蔵が刀を大上段に構えた。

 拝み討ちに一刀両断するつもりである。

「さ、下がりおれ、下郎!」

 秀吉が恐怖のあまり、眼球を剥いた次の瞬間、銀色の光芒が半蔵の眉間めがけて飛来した。

 咄嗟に半蔵は身を低くして、それをかわした。

 その頭上を棒手裏剣がかすめるように飛び去った。

「何奴!」

 半蔵は棒手裏剣の飛んできた松の上を見上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る