第271話 佐助の仇討ち―1

 大地震に襲われた伏見の町から火の手が上がっていた。そこかしこで町屋が崩壊し、無惨な瓦礫がれきとなっていた。

 折しも、そのとき徳川屋敷の塀の陰に、何かがへばりついていた。

 完全に気配を殺し、土色の布を使って塀と一体化している。

 服部半蔵の命をつけ狙う佐助であった。


 その佐助の前に、黒い影が飛び出してきた。

 思わず佐助は金壺眼をみはった。

「半蔵だ!」

 黒い影は、行く手をふさぐ瓦礫の山を跳び越え、月夜の辻を獣のように疾走した。

 佐助はその半蔵のうしろ姿を音もなく追った。

「あやつ、伏見城へと向かっておる。となると、この機に乗じて、狙うものは太閤の命しかない。家康の考えそうなことよ」


 目前に伏見城のある指月山しげつやまが黒々と浮かび上がってきた。

 佐助は半蔵よりはるかに足が速い。

「今度こそ佐江姫さまの仇を討つ」

 そのためには、半蔵より先に城内に入って待ち伏せし、隙を見て手裏剣で仕留める。さすれば、刀術では劣る佐助とて、よもや撃ち漏らすことはあるまい。 


 佐助は月夜のもと跳躍した。

 いくつもの大名屋敷の塀を乗り越え、まっすぐ伏見城本丸をめざした。

 城の石垣は崩れ落ち、堀を埋めていた。

 五層の威容を誇った天守は崩壊し、跡形もなく消えていた。

 佐助の足は、ついに本丸に踏み入った。

 

 次いで本丸大庭に差し掛かるや、佐助の目に異様な光景が飛び込んできた。

 大庭の一角が昼のように明るいのだ。

篝火かがりびだ。いっぱい篝火を燃やしているのだ」

 佐助はその一角を用心深く見まわした。

 高くかざされた大提灯には、豊臣家の五七桐文。


 さらに確かめるために、佐助は近くの松の木にするするとのぼり、下を見おろした。

 見ると、屏風をめぐらせた白砂の庭に、虎の敷皮をのべ、その上に貧相きわまる男が心細げに座している。そばには、大政所や淀殿と思われる女子衆。屏風の外には、小姓らが固めていた。

 それは、まさしく地震におびえ、暗殺を恐れる太閤であった。

 となると、ここに半蔵も現れるに相違ない。

 佐助は半蔵を待った。

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