第270話 秀吉の残虐性―2

 石田三成らは、「お拾いさまを豊臣家の跡継ぎに」するため、陰謀をめぐらした。

 関白秀次の粗暴な性行を利用して、秀次謀叛の噂を流したのである。

 結句、秀次は高野山に追放され、そこで自害させられた。


 そればかりではない。

 邪魔者秀次を抹殺したあと、その凶刃を秀次の妻妾らに向けたのだ。刑場の京・三条河原に、秀次の遺児(四男一女)、妻妾、侍女らあわせて39名が引っ立てられた。すでに、刑場には秀次の生首が据えられていた。


 そのおどろおどろしい生首の前で、処刑人たちは泣き叫ぶ子供を母親からもぎ取り、情け容赦なく心臓に刃を突き立てた。

 それにつづき、女たちの首を次々に刎ねたが、その中には、菊亭大納言晴季の娘も含まれていた。

 むごすぎるこの仕置きに、京童どもは目をそむけ、陰で秀吉を非難した。

 豊臣政権の人気は一気に凋落し、崩壊の序章がはじまろうとしていた。

 そして、いよいよ時代は戦国最後の動乱期に突入する。


 文禄五年閏7月13日、子の刻(午前零時前後)のことであった。

 突如、京を中心に、山城、摂津、和泉など畿内一帯の天地が大きく揺らいだ。世にいう慶長伏見大地震である。

 このとき、秀吉は伏見城にいた。

 家康も同じく伏見城下の徳川屋敷で大いびきをかいて寝ていた。


 家康は屋敷のただならぬ鳴動に、すわっと床から跳ね起きた。

 その次に、この男は狸親爺ならではの姑息なことを頭の中に閃かせた。

 家康はニタリと不気味に笑い、不寝番の小姓に声をかけた。

「服部半蔵を呼べ。至急じゃ」

 その間も、天井はぐらぐらと動き、屋敷全体が船のように揺らいでいた。


 まさに好機到来であった。

 織田家から天下を盗み取った猿は、今頃、伏見城の片隅でふるえていよう。

「この混乱に乗じて、あの小ずるがしこい猿の首を刎ねてやる!」

 家康はさらに絶叫した。

「これで、天下はわしのものだ」

 屋根が崩れ、瓦の砕ける音がした。


 そのとき、家康の前に服部半蔵が平伏した。

 家康の意を察し、すでに忍び装束をまとっていた。

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