第265話 復讐、未だ終わらず

 家康が京の聚楽第で秀吉に臣従したと聞き、佐助は驚愕した。

「では、瀬田の唐橋で爆死したのは、誰じゃ?」

 佐助の問いに、才蔵が唇を歪める。

「言うも愚か。駕籠に乗っていたのは、家康の影武者よ」

「………」

「それにしても、狸が猿の家来になるとはの。ふふっ」


 家康は天下の古狸といわれるだけあって慎重であった。

 豊臣方からの暗殺を避けるべく、わずかな供回りを従え、すでに十月半ばには、ひそかに京へ入っていたのである。今から10日も前のことであった。

 1万余の行列は、単におとりにすぎなかったのだ。


 上洛した家康は、宿陣を徳川家の御用商人・茶屋四郎次郎清延きよのぶの屋敷とした。

 当時、茶屋四郎次郎は、不動町の南から東隣の百足屋町むかでやまちにかけて、とほうもない広壮な邸宅を構えていた。

 しかも、その屋敷は、本能寺のすぐそばにあり、そのため、茶屋四郎次郎は「本能寺の変」をいち早く知ることができた。

 折しも堺見物中であった家康のもとに、荷駄馬で駆けつけ、信長自刃の急報をもたらし得たのは、こうした理由があったのである。


 家康を討ち漏らしたと聞き、佐助はうめくよう声を絞り出した。

「して、半蔵めの生死は……」

「そこまでは、まだわからぬ。が、悪運の強いあやつのこと。生きておると思ったほうがよかろう」

 果たせるかな、服部半蔵は生きていた。

 10日前に上洛したわずかな供回りの中に、半蔵も含まれていたのであった。


 佐助は愕然としつつも、心の中で誓った。

 うなだれてばかりはいられない。

「必ずや佐江姫さまの仇は討つ。半蔵、待っておれ。絶対に、お前を討つ」

 半蔵が言う。

「わしも、次はしくじらぬわ。家康の首を刎ねて、あるじ殿に献上したいものよ。そのような汚い白髪首しらがくびなんぞ、要らぬわと申されるかもしれぬがのう。ふふっ」

 半蔵を討ち、家康を仕留めるその日は、いずれ必ず訪れよう。なぜなら、それが運命であり、前世から定められた宿命であると、二人は心のうちで確信していた。

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