第264話 瀬田の唐橋爆破―3

 才蔵に声をかけられて、兵卒どもは口をポカンと開けた。

 佐助の姿を追い求めて狼狽をきわめる頭では、一瞬、敵か、味方か、判別しかねたのである。


 才蔵は瀬田の唐橋の中央部が吹き飛んでいるのを見て、家康の死を確信した。

「ふふっ。天下の古狸めは、もう黄泉へと逝かれたようじゃの」

 その揶揄からかいの言葉に、徳川兵はようやく才蔵が曲者の一人であることに気づき、

「うぬっ」

 と、刃を鞘走らせた。

 才蔵が冷笑を浮かべつつ、焙烙火矢に口火を点じ、敵勢へと投げつけた。

 火矢は耳をつんざく炸裂音とともに、蒼白い閃光を放ち、徳川兵を薙ぎ倒した。


「持って帰るのも面倒じゃ」

 才蔵は腰の火矢をたて続けに炸裂させた。

 濃霧のように硝煙の煙が立ちこめる。

 その煙のとばりの中に、才蔵の姿はふっと掻き消えた。


 それから二日後のことである。

 御所とほど近い竹屋町の傾城屋けいせいやの二階に、才蔵と佐助の姿があった。

 傾城屋とはつまり女郎屋のことであるが、この二階に隠し部屋があり、才蔵と佐助は、唐橋の爆破後、ここで落ち合うことになっていた。


 この傾城屋は望月楼と言い、くノ一姉妹の金猫、銀猫によって切り回されていた。金猫、銀猫の二人は、千代月ことて千代乃配下の者である。

 望月楼は、信濃の歩き巫女や真田の草の者のための忍び宿としても機能しており、諸国の情報がいち早く集まる。

 とりわけ畿内、京洛の伝聞は一朝にして伝わった。


 その日、遅く起きた佐助と才蔵は、紅小袖を着た禿かむろの給仕で昼餉をとっていた。

 隠し部屋は三畳と狭く、天井も低い。

 そこへ、前屈みで現れた金猫が、才蔵に何やら耳打ちし、あわただしく立ち去った。

 才蔵がこの男にしては珍しく驚きの色を浮かべている。

「佐助、家康めが京の聚楽第に現れ、関白秀吉の前に仰々しくひれ伏したとか」

「なんと!生きておったのか。どういうことじゃ」

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