第263話 瀬田の唐橋爆破―2

 家康の行列は、1万余の人数である。その縦列はやたらと長い。家康の乗った駕籠が橋の中央に差し掛かったとてきが勝負であった。

 鶺鴒せきれいはまだ鳴かない。

 才蔵からの合図を待つ間、佐助は胸の動悸を感じていた。呼吸にもやや乱れがある。


「この未熟者めが!」

 佐助がおのれ自身を叱咤したとき、チチチッと鶺鴒が鳴いた。

 点火!

 佐助は地雷火の導線に火を点じ、心の中で叫んだ。

「半蔵、思いしれ。今日がお前の命日だ!」


 次の瞬間、佐助は橋桁の下から水中へと身をひるがえした。

 必殺かつ瞬殺を期すため、地雷火の導線はできうる限り短く切りつめていた。導線に火を点じた瞬間、水中に躍り込まねば、わが身も粉々になるであろう。


 佐助の姿が水中に消えた瞬間、地雷火が轟音を立てて次々に火柱を上げた。

 家康を乗せた駕籠が、橋桁とともに木っ端みじんとなって吹き飛んだ。

 警護の徒士らが空中に五体バラバラとなって撥ね飛ばされ、騎馬武者が馬もろとも川に投げ出された。

 凄まじい威力であった。


 間一髪、ぎりぎりのところで難を逃れた先手の弓隊、鉄砲隊の者どもが、水面に顔をのぞかせた佐助を見てとり、口々に立ち騒ぐ。

「あっ、あそこだ!」

「あれが曲者に相違ない。鉄砲で撃ち取れ」

「矢を射かけよ」

 鉄砲の音に、佐助は再び水中へと身を隠した。


「ふふっ。どうやら出番のようじゃのう」

 才蔵が胸のうちで独りごちて、枯れ木の皮を躰から払った。

 河原からすくっと起ち上がった、その腰には縄紐で6本の焙烙ほうろく火矢を巻き付けている。

 焙烙火矢は、現代の柄付き手榴弾といえよう。


 派手やかな紅羅紗の袖なし羽織を川風にひるがえし、六尺ゆたかな偉丈夫の才蔵がゆらりと徳川の一軍に近づいた。

 家康の生死を確かめるためであるが、もし生きていれば、焙烙火矢で息の根を止めねばならない。

 佐助の姿を探して右往左往する徳川の兵卒どもに、才蔵は声をかけた。

「家康どのは達者でへござろうか」

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