第262話 瀬田の唐橋爆破―1

 才蔵と佐助は、瀬田川の河原に横たわる流木と化していた。風に揺れるあし原の向こうに、瀬田の唐橋が見える。


 樹木の皮をかぶって待つこと二日。

 家康の行列はなかなかやってこなかった。

「くそっ。遅い。家康め、何をしておるのか」

 才蔵のぼやきに、佐助が低声で応える。

「才蔵殿、辛抱しなされ。行列の数は1万。そりゃ、ノロノロとしようぞ」


 二人は腰の兵糧丸、水渇丸すいきつがんで、さらに一日、飢渇をしのいだ。

 佐助が河原の石に耳を押しつける。忍びの者は、偸盗ちゅうとう術の一種として石に音を聞く。

 聴覚に関しては、才蔵より佐助のほうがさとい。佐助の敏感な耳は、昨日の夜から馬蹄の響きが近づいてくるのを感じ取っていた。


 今朝になって才蔵の耳にも、ようやく軍勢の気配が感じられた。

「佐助、来るぞ」

「そんなこと、昨夜からわかっておる」

 やがて瀬田の唐橋の上に数人の武士が現れた。

 欄干に手をつき、朝霧に煙る水面や河岸をじっと見渡した後、足音も立てずに踵を返した。


 才蔵がへ独り言のようにつぶやく。

「あやつら、物見とみた。足音も立てぬ。伊賀者じゃな」

 しばらくして、おびただしい数の人馬が東から近づいてきた。家康の行列だ。その先頭に立つやっこが毛槍を肩に担いでいる。


「才蔵殿、参る!」

「おうっ。行ってこい。抜かるでないぞ」

 佐助は一本の流木となって、河岸から水面へと滑るように流れ出た。枯れ木の流木が、水面を漂いながら橋桁はしげたへと近づいていく。


 行列の先頭をゆく毛槍奴が、橋に足を踏み入れた。

 それと同時に、流木と化していた佐助は、ましらのごとく橋桁をのぼり、才蔵の合図を待った。

 すでに橋桁には、幾つもの地雷火が仕掛けてあった。

 家康の駕籠が橋の中央にさしかかったら、才蔵が鶺鴒せきれいの鳴き声を出す。それが、橋桁の地雷火に点火する合図であった。

 佐助は今や遅しと、耳を澄ました。

 鶺鴒よ、早く鳴け。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る