第256話 大阪城出仕―1

 穴山小介は自分の脇差を膝の前に置いて言った。

「大阪城へのお供ならぬと申されるのであらば、こちらにも覚悟がござる。即刻、腹を掻き切り、黄泉よみの佐江姉さまにかくなる次第とご報告申し上げることといたす」

 明らかに子供じみた恫喝である。

 三十郎がぐらりと天を仰いで呵々と大笑した。

 幸村、望月六郎、火草も笑った。


 それを見た小介が、

「佐江姉さまも、今このとき必ずや天上にて笑っておられましょう」

 と、満面に笑みを浮かべた。

 かくして、岩千代こと穴山小介は、この日から幸村と行動をともにし、大坂の陣では獅子奮迅の上、幸村の影武者として見事討ち死にを遂げる。

 佐江が結びつけた宿縁の絆であった。


 さて、この天正14年、大阪城へ出仕した幸村は、秀吉に仕えるようになる。

 大阪城は、石山本願寺跡に築き上げられた天下無双の城である。

 当時の天守閣は五層八階とも、六層九階ともいわれる。天守閣の屋根には金箔が貼られ、切妻の金具類もすべて黄金であったという。

 金色に燦爛とかがやく豪壮雄大な姿は、見る者を圧倒し、豊臣家に対抗しようとする者の度肝を抜いて、へなへなと挫けさせた。


 秀吉は眼前に平伏した幸村を一瞥するや、

「そなたの姉、妹はさぞや器量よしであろう」

 と、剽軽ひょうきんな戯れ言を言い、居並ぶ諸大名を苦笑させた。

 この後、秀吉は自ら幸村らを先導し、天守最上階へと案内した。幸村のことをひと目で気に入ったのである。


 こうした様子を見て、安堵の色を浮かべた三十郎は、望月六郎らに後事を託し、信州へと帰国の途に就いた。この頃、三十郎の父頼綱も、さすがに寄る年波には勝てず、次第に病を得るようになっていた。

 火草が幸村のしとねに入ったのは、それから数日後のことであった。

 驚く幸村に、

「これは、佐江姫さまのご遺命にござりますれば……」

 と、火草は羞じらいながら事の次第を語った。


 幸村は物語をする火草の横顔を見て、目を疑った。

 燭台のかすかな火に、佐江と生き写しの面輪おもわが浮かび上がっていたのである。


 



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