第255話 佐江姫の予言―2

 驚く幸村一同を前に、穴山小介の話はつづく。

「佐江姉さまは、この岩千代を子供の頃から、岩殿、岩殿と呼んでくださり、可愛がってくだされました。天下の美姫に、源次郎さまにお力添えをと頼まれ、かつわが拙なき力を恃みとされること、男冥利にこれに尽きるというものでござる」


 三十郎が驚嘆した声を出す。

「ここまで佐江の読みが深いとは知らなんだ」

 小介が「ふふっ」と笑い、

「慧眼、まさに正鵠せいこくを射る。弓の名手であられた佐江姉さまだけに、先々の読みも確かでござる。それは、この書面からも明々白々にて御座候」

 

 さらに幸村に向かって、深々と頭を下げた。

「源次郎さま。おめでとうございまする。佐江姉さまのお言葉どおり、どうやら蛟竜が雲雨を得て、天下へと驥足きそくをのばす時節が到来されたものと承知仕る。憎き家康めと抗するには、大坂城におられる関白秀吉公と結ぶが良策。この儀、小介めの見当違いでござろうかな?」


 そのとき、小介の郎党たちが一斉に幸村の表情をうかがった。

 幸村が微苦笑を浮かべるや、

「やはり、でござった。ならば小介めは、源次郎さまにお願いがござる。われら穴山一党、と申しても手勢わずか八名でござるが、ぜひともお供に加えてくだされ。否、お供に加わらねば、佐江姉さまに申し訳が立ちませぬ」


 じっと、幸村の返答を待つ小介に、三十郎が問う。

「若がそれはならぬと申されれば、小介殿はいかがなされる」

「これは、したり。わが願いは佐江姉さまのご遺命でもありますれば、上方へのご随伴がかなわぬはずはありますまい」

 ここで三十郎が唇を歪め、意地の悪いことを言った。

「なれど、お断わり申すやもしれぬ」

小介が三十郎を睨んで、きっぱりと言った。

「万が一にも不承知と申されるのであらば致し方ございませぬ。この場で、わが腹、即刻、掻き切り、黄泉におられる佐江姉さまに、かくなる次第とお詫び申し上げることといたしましょう」

 小介が腰からゆっくりと脇差をはずし、自分の膝の前に置いた。

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