第249話 馬籠宿での異変―2
闇の中から首領らしき男が咆える。
「やいやい。寝ぼけ眼と耳の穴かっぽじって、よく聞け。この宿場は、今やわれらが手中にある。無事に朝を迎えたくば、懐中のものを残らず渡すのじゃ。さもなくば、宿場に火を放ち、皆殺しの憂き目に遭おうぞ。わかったか!」
それまで豪快に高いびきをかいていた三十郎が、やおら半身を起こし、
「六郎どの。何やら、犬が亡いてるようじゃ。うるさくて眠れぬ」
と、けだるげにつぶやいた。
望月六郎が三十郎に告げる。
「犬ではござらぬ。おそらく階下にいたあぶれ浪人でござろう」
「ふむ。左様か。では、身共が出っ張って、全員、片づけて参ろう」
ここで初めて幸村が口を開いた。
「なんとか血を流さずに、おさめたい。ここは目くらましの術を使う」
目くらましの術とは、
幸村の指示を聞いた火草が、すっと闇に消えた。
寸刻後、幸村は六郎を伴って階下に降りた。
二人が宿の玄関戸を開けて、戸外に出た途端、眼前に槍、長巻などの白刃が突き出された。
男どもの中から、六尺近い髭面の巨漢がぬっと現れ、居丈高にほざく。
「ほう。神妙にも銭を寄越しに参ったか。なかなかの身形ゆえ、大枚をはたいてくれよう。のう。皆の衆」
暗がりのあちこちで、下卑た嗤い声が起きた。
それをさえぎるように、六郎が声を張り上げる。
「お手前らのかしらどのと話したい。かしらどのは、おられるか」
すると、浪人どもの背後から、若い声がした。
「おおっ、ここにおるわ。話とはなんじゃ」
その甲高い声からすると、首領は意外にも十代の若者と思えた。
「では、かしらどのに申す。お手前方、わけあって目下浪々の身とは申せ、武士に変わりはないはず。しかるに、かくなる所業。宿場の者には迷惑千万。
「何をほざくか。切り取り強盗は武士の習いよ。
どうやら、話し合いでは無理らしい。
幸村は闇に向かって、軽くうなずき、次に右の手に左拳をのせた。
それは火草に対する決行の合図であった。
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