第246話 火草と佐江姫との約束―3

 それは前年のことであった。

 神川の合戦をひかえた数日前、火草は佐江から内密の相談があると持ち掛けられていた。


「いかなることでこざいましょうや」

 火草が怪訝な表情で訊くと、佐江が

「合戦とあらば、何が起きても不思議ではない。そう思わぬか」

 と、真顔で訊き返す。

「それはそうではございますが……」

 不吉なことを申されるものよ、と思いつつ、火草は「して、ご相談とは……」と、先をうながした。


 すると、佐江が思いもよらぬことを口にした。

「われに万一のことあらば、そなたに源次郎さまのお世話を頼みたい」

 と、言うのである。

 火草はあまりのことに驚愕し、

「なぜ、私などに左様なことを……」

 と、問うと、佐江がまじまじと火草を見て応えた。

「そなたは、見目形はもとより、気性までわれと似ておる。そなたなら、われの代わりが十分に果たせよう」


 無論、火草は「とんでもないこと」と固辞した。

 だが、一度口にしたことを引っ込めるような佐江ではない。

「ぜひ、そなたに源次郎さまのお世話を。そなたしか、つとまらぬ」

「誠に相すまぬが、このとおり頼み入る」

 と、言葉を尽くして懇願されれば、いやでも首を縦にふらざるを得ない。


 もしや佐江はおのれの死を予期していたのであろうか。

 真実、オシラサマの化身であったのであろうか。


「姫さまのご遺志に従うべきや否や――」

 佐江の死後、お六は絶えず思い悩み、その都度、首を横にふった。

「私こどきが、姫さまの代わりなど、とてもとても……」

 と、その胸のうちには、自嘲ぎみの内省的な言葉しか浮かんでこない。


ある夜、火草は夢を見た。

夢の中で火草は飛雪丸に襲われた。

大きなわしほどもある白鷹はくようが、火草の顔をめがけて鋭い爪で襲ってきた。

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