第245話 火草と佐江姫との約束―2

 望月六郎が問う。

「火草、願いとな。申してみよ」

「はっ」

 火草が襖の端にひざまずき、目を伏せ、微動だにしない。 

 それから、二、三拍の間があって、ようやく口を開いた。

「聞くところによると、明日、幸村さま、六郎さま、そして矢沢三十郎さま、お三方さんかたが大坂へご発向はっこうとか」

「うむ」


 再び、火草が口を閉じた。よほどに言いにくいことなのか。

 れた望月六郎が再度、促す。

「黙っていては分からぬ。とにかく、その願いの儀とやらを申してみよ。そなたとは、わっぱの頃からの知己。そこまで遠慮せずともよい」

「実は……」

「うむ」

「私めも、そのお供に加えていただくことは……できませか」

 この突然の申し出に、六郎は困惑の眼色がんしょくを幸村に送った。 


 弁丸軍団にいた幼き頃から、火草は男まさりの気性をうちに秘め、物おじしない性分であった。しかしながら、このような我意を述べ、自分勝手な願いを口にするのは、かつてないことであった。

 くノ一として卓抜した技を持ちながら、それをごうも誇らず、万事に控えめ。それに加えて静謐ともいえる立ち居振る舞いが、かえって凛とした気迫を人に与えていたのである。


 幸村は火草に対して、

「何やら、仔細あってのこととみたが……」

 と、声をかけようとしたが、つと口をつぐんだ。

 仔細があるからこその、今日この場での願いではないか。理由もなく我意を通そうとする火草ではないのだ。

 しかも、思い余って願い出たという風情が顔に浮かんでいる。となれば、口にできるほど軽い理由でもなさそうだ。


 望月六郎が幸村の気持ちを代弁するかのように言った。

「仔細を申してみよ、と言いたいところじゃが、どうやら、それは申せぬ様子……もしかして訊かぬほうがよいのかの?」

「申し訳ございませぬ」

「ふむ。左様か。それにしても、にわかの申し出であることよ」

 その言葉を受け、火草はうつむいた。

 細面の頬に、含羞がんしゅうの紅が散っている。

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