第241話 幸村の旅立ち―1
海野六郎と佐助が天目山麓の峡谷にいた頃、幸村の姿は馬上、中山道にあった。
父昌幸の意を受け、秀吉の大坂城へ向けて出立したのである。
昌幸は前年の7月に関白となった秀吉に、臣従願いの書状を送っていた。
すると、10月に入った頃、石田三成から
「委細の段、聞こし召し届けられ候。其のほうの進退の儀、心安かるべく候」
との返書があり、上洛を促す旨が書かれてあった。
しかし、冬が過ぎ、春が来ても昌幸は動けなかった。
忍びの者から矢継ぎ早に、
「小田原に不穏の気配あり」
との情報がもたらされていたのである。
この頃、執念深い北条氏直は、再三の敗北に懲りることなく、沼田城攻めを画策していた。家康と連携しての動きであることは明白であった。
案の定、この年の天正14年4月、氏直率いる軍勢4万余が沼田に押し寄せてきた。かつてない規模の大軍に氏直の意気込みがうかがえよう。
対する沼田城の守兵は、わずか2千。
明年70歳を迎える矢沢薩摩守頼綱は、城を十重二十重に取り囲んだ敵軍を見て、喜んだ。やっと死ねるのだ。
「佐江姫があの世でさびしがっておる。此度こそ、われも冥土へ参る。いや、参らねばならぬ」
と、真っ白な死装束で、またもや喜び勇んで敵陣に突入した。
「氏直どのに見参仕る!われにつづけ」
頼綱の雄叫びに、麾下の兵卒はどっと鯨波をあげ、死兵となって敵陣に斬り込んだ。
頼綱が獅子吼する。
「氏直どのの首を頂戴せよ。御大将を道連れに、いざ死出の旅に赴かん!」
馬上、咆哮し、愛用の大薙刀をふるう頼綱を見て、敵将が叫んだ。
「あの白小袖の武将が薩摩守ぞ。討ち取れ」
その下知の声に、敵の雑兵端武者が束になって頼綱に襲いかかった。
頼綱が呵々と高笑いする。
「うれしや!佐江、もうすぐそなたと会えるぞ。待っておれ!」
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