第237話 佐助の探し物―2

 佐助の左肩に走る大きな刀傷を見て、海野六郎が驚きの声を上げた。

「そ、それは駿河でやられたのか」

「いかにも」

「ふむ。お主に傷を負わせるとは、かなりの腕利うでききよの。もしかして、佐江姫さまの仇討ちにまいったものの、返り討ちにあったか。そうであろう」

「………」


「お主がわれらの前から姿を消したとき、わしは思った。佐助は半蔵めを討つために、仇討ちにまいったのだ、とな」

「………」

「佐助よ。お主のその志、実に天晴れである。じゃが、半蔵めは名うての忍び。しかも手下もウジャウジャおる。お主がいかに戸隠流忍法の手練れとはいえ、独りでは敵うまいぞ」

「………」


 今から数日前のこと。

 佐助は駿府城下の伝馬町にいた。

 家康は天正14年のこの頃、駿府城の普請に取りかかっていた。

 前年の7月、東海五カ国を領有する大名として、浜松からここ駿府に拠点を移し、すでに滅亡した今川氏の居館跡に、領国支配のための城を築いていたのである。

 また、あわせて城下町の建設にも着手していたものだから、町中はいずこも埃っぽく、人馬でごった返していた。


 佐助は伝馬町に入るや、臨済宗の古刹、宝泰寺ほうたいじの門前に腰をおろした。

 旅の薬売りとして、そこを辻商いの場所としたのだ。

 古びた管笠、薄汚れた手甲脚絆、ぼろぼろの衣服。どこから見ても貧しく風采の上がらない旅商人姿であった。


 宝泰寺の門前は大通りに面し、人や荷駄がひっきりなしに行き交う。佐助は、ここにいれば、もしかして服部半蔵やその一味と遭遇できるやもしれぬと思ったのである。


 読み書きのできない佐助は、寺の住職に頼んで、人目を引くための看板をつくってもらった。白木の板に、墨痕鮮やかに「効能霊妙、金創薬きんそうやく」と書かれている。その看板の効き目か、口下手な佐助が、何も言わなくても、薬を需める人々が集まってきた。


 佐助は薬売りとして、そこで幾日も目を伏せてうずくまり、客の相手をした。客商売として相手の目は見ない。見るのは、客の身形みなりで、特に足もとである。

 暑い。佐助の矮躯から汗が噴き出る。

 今日も今日とて、佐助は早朝から客の足もとばかりに視線を注いだ。

 中天に灼熱の陽が昇った。まもなくうまの刻であろう。


 と――。

 男の声がした。

「よく金創薬を商っているというのは、そのほうか」

「へえ」

 と、応えつつ、佐助は男の足もとに目を遣った。

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