第236話 佐助の探し物―1

「偶然とはいえ、思いがけぬところで遭ったものよ」 

海野六郎は狷介そうに唇を歪め、佐助と久闊を叙した。


 その二人の姿を、飛雪丸が谷間を覆うように枝を張る大樫の上から見守る。

 

 六郎が飛雪丸の姿を目にとめ、顔をぐらりと上げて言った。

「命冥加なやつめ。あわや殺めるところであったぞ」

 飛雪丸があざ嗤うように「ケケケッ」と啼いた。


 佐助がぼそっとした声を出す。

「して、六郎どの。何故にこのような山中を……」

「ほっつき歩いておるのか、と訊きたいのであろう」

 うなずく佐助に、六郎が偽悪的なセリフを吐く。

「銭よ。銭が目当てよ」

「ほう」


 六郎が小鼻を蠢かす。

「聞くところによると、この日川の沢べりで武田の甲州金を手にした村人がいるという。おそらく勝頼公が田野に落ち延びる際に、この辺りに隠した財宝の一部であろう」

「なるほど」

「となれば、この日川のどこかに、たとえば洞窟とか、岩屋とかにたんまり隠されてあるはず。そうは思わぬか」

「………」

「わが望みは、その武田隠し金を見つけて、日々酒と女に溺れ、遊び暮らすことよ」


 今度は佐助が唇を歪めた。

「六郎どの……」

「ん?」

「悪ぶるのは、おやめなされ。オラには六郎どのの心が見える。甲州金を探しておるのは、若の……源次郎さまのためでござろう?」

「な、なっ、何を申すか。バッ、バカな……わしは、そのようなことをする男ではないっ」


 しばらく沈黙の時が流れた。

 飛雪丸が大樫の枝から離れ、ひとしきり谷間の空に弧を描いていたが、それにも飽きたのか、佐助の肩にとまった。


 六郎が口を開いた。

「佐助。おぬしこそ、こんなところで何をしておるのじゃ」

「駿河に行っておった。なれど、かようなていとなり果てもうした」

 佐助が六郎の前に左肩を剥き出した。そこには糸で縫い合わせた刀傷が引き攣れたように走っていた。

「かような次第で、この地の隠し湯で傷を癒そうと……」

「ふむ。かなりの深手よ。いかがしたのじゃ」

 再び二人の間に沈黙の時が流れた。

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