第235話 武田埋蔵金―3

 海野六郎は岩陰で息を殺して、相手の出方を待った。弓はいつでも放てる。

 と――。

 その身を潜めていた巨岩の真上で、

「ケケッ、ケケッ」

 と、面妖な奇声が上がった。


 ――もしや、あやかしか!

 六郎は動揺しつつも、すかさず岩陰から跳び出て、矢を頭上へと放った。

 が、手応えはなかった。

 心が動き揺れた分だけ、手元にわずかな狂いが生じたのだ。

 次の瞬間、巨岩の上から白い影が飛び去った。

 宙からひとひらの羽が、ひらひらと舞い落ちてきた。


 六郎はその羽を手に取った。鷹の羽であった。

 「何だ。鷹の啼き声であったか。驚かすでないわ」

 と、六郎がつぶやいた瞬間、背後に何者かの気配。


 ――しまった、うしろを取られた。

 その瞬間、六郎は敗北を悟った。

 脳裏に、頭蓋を断ち割られ、血飛沫を上げる、おのれの無惨な幻影が浮かんだ。


 ――くそつ!

 破れかぶれの気分で、六郎は腰から薬研藤四郎を抜き放ち、うしろを振り向きざま横なぎに一閃した。

 相手が跳びのく気配がした。

 六郎は相手をまじまじと見た。

 そやつは、粗末な蓑笠をかぶった小柄な百姓男であった。しかも、無腰で、ただ突っ立っているだけではないか。


 六郎はあわてて小男の面前に切っ先を擬し、

「お、お前、何者だ!」

 と、誰何すいかした。

 すっかり取り乱している。


 小男が蓑笠を指の先で押し上げて、ゆっくり口を開いた。

「久しぶりじゃの、六郎どの。少し落ち着きなされ」

「むむっ!」

 再び、小男が言う。

「六郎どのが射ようとしたのは、飛雪丸でござるよ」

 百姓姿の小男は、なんと佐助であった。

 猿そっくりの顔に、穿たれたような金壺眼が笑っている。

 

「弓矢の腕、神技のごとしと称された六郎どのも、まだまだでござるな」

「ほざくな、佐助。すぐ飛雪丸と気づいて、わざとはずしたのじゃ」

「ほう、左様でござったか。その割にはあわてふためいておられた。その見事な脇差も早く引っ込めなされ」

 六郎が苦笑いし、薬研藤四郎を鞘に納めた。

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