第233話 武田埋蔵金―1

 それから半年後のこと。

 武田勝頼が山桜とともに散った甲斐天目山てんもくざんの山中を一人の男が歩いていた。

 そこは、峨々たる群峰が連なる木賊とくさの山中であった。今の甲州市大和町にあたる。男は鬱蒼とした杉林を抜け、眼下の渓谷へと獣道をたどった。

 

 足を一歩でも踏みはずせば、断崖から谷間まで一直線に落下し、命はなくなるであろう。男は眉をひそめ、慎重に歩を進めた。


 その男は狼の毛皮でできた袖なし半纏はんてんをまとっていた。手に半弓を携え、背には矢筒。一見、猟師姿であったが、腰にはその姿に不似合いな金拵えの脇差を帯びている。それは信長秘蔵の愛刀、薬研藤四郎であった。となると、男は海野六郎以外の何者でもない。


 昨秋、六郎はある噂を耳にしていた。武田隠し金の噂である。

 また、木樵きこりから聞いた話では、とある村人が眼下に流れる日川ひかわの浅みで、両の手にあまる甲州金を拾い上げたという

「ふふっ。なかなか面白い話よの」

 六郎は頭をめぐらせた。

 銭金のこととなると、頭の働きが俄然よくなるのである。

「あの、天目山の合戦の折、勝頼公主従は、死に場所を求めて、田野の地に最後の陣を張ったやに聞く」

 六郎はぶつくさと独り言を漏らしながら、日川の渓流へと断崖の道をおりた。


 さらに、これも風聞ではあるが、武田軍を潰滅させた織田軍が、この地で何かを血眼になって探していたという。

 六郎が唇を歪めて、またもや独り言を漏らした。

「あやつらの目の色を変えさせたものが、武田家重代の宝物であることは間違いない。そればかりか、信玄公以来の甲州金も……。しかしながら、あやつら数千人がかりで探したというに、何も見つけられなんだという。ふふっ、愚か者めらが。世の中の者は、ほとんどが開き盲よ。わし一人に敵うまい」


 六郎は上流へと歩いた。この男ならではの独特の勘が、おのずと自分自身を導くのである。

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