第231話 ヒノイチ絶叫―1

 戦いが終わり、異変が起きた。

 幸村の姿がどこにもない。

 佐助同様、皆の前からふっと掻き消えるように姿が見られないのだ。望月六郎らが幸村の身を案じ、八方手分けして探したのは無論である。


 敵軍が撤退したとはいえ、真田の動向を探る相州乱波の風魔一党や、半蔵配下の伊賀者らが領内を跳梁跋扈し、いまだ不穏な空気が漂っていた。


 皆が探しあぐねること三日―。

「もしや、あそこに!」

 という直感が火草の胸にひらめいた。

 火草はその場所に直行した。


 やはりであった。

 幸村の姿は、10年前のときと同様、太郎山の山麓――寿老松の上にあったのである。

「ここは、佐江さまと源次郎さまが初めて逢われた場所。なぜに、今まで、このことに気づかなんだか……」

 火草は形のいい唇を悔しげに噛んでつぶやいた。


「ま、ともあれ、ご無事でよかった」

 火草は安堵の吐息を漏らし、次いで指に口を当て、指笛を吹いた。

「ピーヒョロ……ピーヒョロロ……ピー」

 鳶の啼き声を真似た指笛である。それは、幸村を見つけたとの合図として真田忍びの間で申し合わせされていた。


 指笛は太郎山の頂きから吹きおろす風に乗り、真田郷の四方へと流れた。

「ピーヒョロ……ピーヒョロロ……ピー」

 その合図の指笛に吸い寄せられるように、山麓の寿老松の根元にたちまち望月六郎、海野六郎、由利鎌之助らを主だった者をはじめとして、幸村とともに野山を駆けめぐった弁丸軍団の面々も顔をそろえた。


 一同は中天に高々とそびえる寿老松を見上げた。

 三丈の高みに張り出した大枝の根元に、猩々緋の袖なし羽織を身につけた幸村がうずくまっていた。

 望月六郎が樹上を見遣ったまま嘆息した。

「わっぱの頃とまったく同じじゃ。若の泣き癖は、少しも変わっておられぬ」

 火草がつぶやくように言う。

「無理もござりませぬ。佐江さまを亡くされたのじゃ」

 火草の言葉に誰もが粛然と黙した。

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