第227話 佐助の失踪

 おびただしい松明の列は、太郎山神社の脇を抜け、山頂へと至った。太郎山の頂きは、昼間のような明るさに包まれた。

 佐江の遺骸は、白無垢の打掛で美しく装われた。着付ける火草の手が悲しみでふるえている。その衣装は、幸村との来たるべき婚礼の日に備えて、前々から整えられていたものであった。


 少女の頃から佐江は幸村に嫁ぐことだけを一心に願ってきた。その願いは無念にも果たせなかったが、おのが身を炎と燃やした佐江の生涯は、誰の目にも鮮烈な印象を残した。


 遺骸を埋葬する直前、幸村は脇差を抜き放つや、おのが総髪の髻を断ち切り、その髪の束を佐江の胸に抱かせた。

 その直後、火草が口を開いた。

「ご婚儀、ここに相ととのい、まことにめでたく存じます」

 火草の声に、幸村の前後に居並ぶ者が一斉に唱和した。

「ご婚儀、おめでとうございます」

 一同の張り上げた声が、太郎山の星空をふるわせた。


 そのときであった。

「ヒイーッ」

 佐助が悲鳴にも似た絶叫を暗い虚空に響かせた。

 次いで糸を引くような嗚咽おえつを皆の耳に残し、一転、その姿を闇にくらました。

 以後、佐助の身は行方知れずとなった。


 翌朝、一据ひともと白鷹はくようが、矢沢城の上空を旋回していた。

 その舞い飛ぶ姿に、いつもの迅さ、鋭さが見られない。キョロキョロと小首をかしげながら、何かを探し求めるように所在なく舞っているのだ。

 それが、今は亡き佐江の愛鷹あいよう、飛雪丸であることはいうまでもない。


 飛雪丸は矢沢城の上をひとしきり舞い飛んで、今度は諦めたかのように翼を南の方角へと移した。

 しばらく千曲川の流れに白い影を映したかと思うと、クゥーッと哀しげな啼き声を発して、一転、甲斐の方角へと飛び去った。

  飛雪丸は、佐助の姿を追い求めているのであった。

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