第226話 佐江姫の葬列

 佐助の刃は、半蔵に苦もなくかわされた。傷を受けた腕では、やはり伊賀忍者の頭領の半蔵には太刀打ちできない。

 半蔵は振り向きざま、

「ほう、佐助と申すか。ならば、わが手下の黒阿弥を殺ったのは、おのれか。その名、覚えておこう」

 と、言い放つや、自分の手のひらを口に当て、ふっと息を吹きかけた。


 次の瞬間、無数の黒い紙吹雪が川風に舞った。そして、その一つ一つが揚羽蝶となって、佐助と才蔵に迫ってくるではないか。

 黒い揚羽蝶の舞いが、二人の視界をふさいだ。

 伊賀に伝わる幻術、乱れ黒揚羽の術である。


「佐助とやら。次はその命、必ず貰い受ける」

 その声が消えたとき、空中の蝶がいっせいに舞い落ち、おびただしい墨染めの紙片が川面に浮かび流れた。


 その三日後の夜――。

 数限りない松明の火が、太郎山の頂きへとつづいた。稀代の美姫と謳われ、はかなくも美しく散った佐江の葬列であった。

 瞼を二度と開かぬ佐江を背負って、大兵の三十郎が先頭をゆく。そのすぐ後ろを幸村、望月六郎、筧十蔵、根津甚八、海野六郎、由利鎌之助、火草らがつづく。


 さらに、

「佐江姫さまこそオシラサマの化身」

「白鳥明神のお使い」

 と、佐江を敬い、仰ぎ見た民百姓らも、その突然の悲報を聞きつけ、続々と葬列に加わった。

 悍馬の激しさを胸に秘める反面、弱き者には慈母のごとき眼眸まなざしを向けた佐江であった。その慈眼の光に照らされた者らは、きまってこの美姫の五体から靄のような後光が立ちのぼるのを見ていた。


「なして、佐江姫さまを太郎山へ葬り奉るんかいの?」

「ご自身がいまわの際に、お望みなされたそうじゃ」

「ならば、これからは、朝夕、お山に向けて手を合わすことにすべえ」

「んだ。さすれば姫さまは、ずっとわしらを見守ってくださる」

 そのように追慕の言葉を口々に言い交わす村人らの後ろを、とぼとぼと歩む小男がいる。

 泣き腫らしたのか、真っ赤になった金壺眼を伏せて、最後尾を悄然と歩いている。

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