第225話 佐助と半蔵と才蔵―2

 佐助が死を覚悟した刹那――。

 後方から、ぶんと空を切る音がして、伊賀者は佐助から跳び離れた。

 つづけざまに、二つ、三つ、何かが飛来した。石礫であった。

 おのが顔を目がけて飛んできた石礫を、伊賀者は苦もなくかわしつつ、

「やめよ。才蔵」

 と、いまいましげな声を発した。


 その隙に身を起こした佐助は、宙に舞い、懐の苦無を伊賀者の黒い影に放った。が、それは他愛もなく太刀で払われた。

 佐助は次の苦無を放ちつつ、石礫の主に目を走らせた。佐助の容姿とは対蹠的な白皙長身、長剣を背負うて総髪を川風になびかせている。

 ――やはり、あの才蔵であったか。

 その男は、霧隠才蔵であった。


 才蔵は、脇差の柄頭に右手を置いたまま、

「服部半蔵の腕も落ちたものよ。まさか鷹に顔をむしられ、猿に顔を蹴られるとはな」

 半蔵は佐江に手投矢を放った瞬間、飛雪丸の鋭い爪に襲われ、左目の眼球をえぐり取られていたのである。


 半蔵が唇を歪める。

「われを嬲る気か、霧隠。じゃが、何故、おぬしがここに」

「銭よ。貰うた金子のぶんだけは働くことにしておる」

「ふふっ。相も変わらず、銭で動いておるのか。いかほどの鳥目ちょうもくを得たかは知らぬが、酔狂なことよ」

「ふんっ。強き者にしっぽをふり、今や徳川の走狗になり果てた輩に、さげすまれる筋合いは寸毫もない。行けっ、半蔵。うぬを見ておると、なぜか虫唾が走り、斬りたくなる」


 半蔵は鎖頭巾の中の顔をニヤリとさせ、踵を返したものの、すぐ立ち止まった。そして、背中を見せたまま、低い声を後ろへと投げかけた。

「その前に、そこにおる猿そっくりの、わっぱの名をきいてきたい」

「わっぱではない。猿飛ノ佐助じゃ」

 佐助は逆上したように叫び、次の瞬間、感情のままに宙に身を躍らせていた。

「姫さまの仇!」

 半蔵の首根を目がけて、貞宗の脇差で必殺の刃を一閃させたのである。

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