第224話 佐助と半蔵と才蔵―1

 すでに陽は西に傾きつつあった。

 落日を背に浴びて敗走する徳川軍の中に、佐助はまぎれ込み、金壺眼を鋭く光らせた。すると、一丁ほど前方、神川の浅瀬を渡河しようとする男が、手投矢を入れた矢筒を背に負うているではないか。


 佐助は目を凝らした。

 男の顔のほとんどは鎖頭巾に覆われているものの、黒い筒袖に伊賀袴姿。上に熊皮の袖無し羽織を着込んでいる。

 佐助は男の背を睨みながら追った。くぼんだ眼窩の底に瞋恚の炎が燃えている。


「おいっ!」

 男のすぐ後ろに迫った佐助が声をかけるや、そやつは振り向きざま、抜く手も見せぬ居合切りを浴びせかけてきた。

 迂闊であった。

 背後から迫る佐助の殺気は、とっくに感づかれていたのである。

 一瞬、とんぼ返りで身をかわした佐助であったが、左腕に火傷やけどに似た灼熱感が走ったかと思うや、鮮血が川面に滴り落ちた。


「キェーエエーッ」

 佐助は甲高い猿叫えんきょうを上げた。

 それは興奮したときのいつもの癖である。


 間髪を入れず二の太刀が襲ってきた。

 その必殺の刃を佐助は身を沈めてかろうじてかわし、そのまま宙に飛んだ。と、同時に、空中で足を相手の顔面に飛ばし、したたかに蹴った。

 伊賀者の躰がぐらりと傾いた。

 その隙をついて、佐助が腰の貞宗を抜き放ち、復讐の刃を夕陽にきらめかせた。


 手応えはあった。

 が、ガチッと金属音が鳴った。

 ――しまった。鎖帷子だ。

 そう思った瞬間、頭上で白刃が一閃した。

 相手の太刀が凄まじい刃風をうならせ、振り下ろされてきたのである。


 咄嗟に佐助は貞宗の脇差でこれを受け止めた。

 だが、相手は矮躯の佐助を冷ややかに見下し、さらに刃に圧力をかけてきた。このままし斬りにするつもりなのだ。

 佐助は必死にその圧力に耐えた。

 敵の刃が顔面すれすれに迫ってきた。

 左腕に受けた傷口から血が噴いた。


 ――られる。

 ひやりとした絶望感が佐助の背筋を走った。

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