第213話 三十郎出陣

 才蔵は海翁和尚と目を合わせて、言った。

「せっかくのお誘いなれど……」


「やはり行雲流水のごとく気随気ままに生きると申されるか」

「拙者のような人外の者は、望むと望まざるとにかかわらず、そう生きるしかないと心得ており申す。それに、今は京の都に立ち戻り、この合戦の顛末をわがあるじの耳に……」


「おうっ、そうじゃのう。千代乃どのも、此度の件、さぞや案じてられよう」

「和尚、長らくご厄介になり申した」

「なんの。名残り惜しいが、道中、気をつけて行かれよ。おっと、これをお返しせねばならぬ」


 海翁が薄汚れた頭陀袋ずだぶくろの中から、美しく輝くロザリオを取り出した。

「いつぞやの品でござる。ご喜捨きしゃ、かたじけなく存ずるが、仏僧のわしには似合わぬものじゃでな。お返しつかまつる。して、いつ京へ発たれるか」

 才蔵は海翁に一揖いちゆうして、ロザリオを受け取り、抑揚のない声をぼそっと漏らした。

「一両日にも……と考えておりまする」


 二人がこのような会話を交わしていた丁度その頃――。

 真田郷の南にある矢沢城から、徳川軍を追尾すべく打って出た軍勢がある。

 矢沢三十郎頼康率いる五百余の兵であった。この中には、上杉景勝が差し向けて寄こした援兵の一部が加わっていた。

 

 数刻前の払暁ふつぎょう、矢沢城は徳川方の兵に囲まれていた。しかしながら、その攻撃を見事に撃退しての出撃である。さすが、真田家随一の武将として関東で勇名を馳せる矢沢薩摩守頼綱の嫡男であった。

 虎の子は虎、龍の子は龍。猛将、名将の血筋が尊ばれるゆえんである。


 三十郎が出陣した直後、それを追うように同じく矢沢城の城門を走り出た騎馬武者がいた。

 白馬にまたがり、額には銀のかねを打った紅の鉢巻。

 甲冑から籠手こてすね当て、陣太刀にいたるまで、燃えるような緋づくめの装束に身を固め、赤漆塗り重藤の弓を小脇に抱えている。

 それは三十郎の妹、夜叉姫こと佐江であった。

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