第210話 上田合戦―4
火草率いるくノ一集団が町屋に火を放った頃、真田郷の森陰で城の方向を見つめる男がいた。
郷士の秋山源三郎である。
その背後には、武装農民が控えていた。
源三郎の双眸に、町屋から立ち昇る火煙が映った。
「おおっ、
源三郎の声に、民百姓二千人余が呼応して、喊声を上げた。竹槍、錆び刀、草刈り鎌、
真っ先に屈強な若者たちが駆けた。一丁先に、早くも命からがら城外に落ち延びてきた徳川兵が目についたのだ。
「逃がすな。首をとれ」
「銭が走っておる。あやつは銭になる」
この合戦にのぞみ、昌幸はすべての領民に、兜首ひとつに百石、足軽首でも銭一貫文という破格の褒美を出すという約束をしていた。当時、足軽の報酬が一日米五合の計算で年一石五斗であったから、昌幸がいかに奮発したかが理解できよう。
戦場は貧しい農民にとって、またとない稼ぎ場となったのだ。
「兜首じゃ。鎧武者の首をとれ!」
「雑兵には目もくれるなっ」
などと、喚き散らし、農民二千人がひるむ徳川兵の首を追った。
ある若者は、幾つもの生首を腰にぶら下げ、さらに敵を追ったという。その獰猛な気色に
この徳川の敗走する様子を高台から眺めている鎧武者がいた。
幸村であった。
「若、今でござる」
望月六郎が声をかけるや、馬上、「いざ」と幸村が五郎入道正宗を抜き放ち、馬腹を蹴った。
筧十蔵が叫ぶ。
「若につづけ!」
幸村麾下二百余の兵は、六文銭の旗印をひるがえし、眼前に敗走してきた鳥居元忠田勢の横っ腹を急襲した。
「ひえええぇぇーっ!」
死の恐怖に襲われた徳川軍は隊形を乱して、われ先にと東へ逃げた。
徳川の本陣は、神川の東の対岸に置かれていた。その本陣にたどり着きたいのだ。
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