第209話 上田合戦―3

 出撃の太鼓が連打され、二の丸櫓の上から、女どもが「討って出られませいっ」「かかられませいっ」と檄を飛ばす。

 昌幸はそれを聞き、大儀そうに立ち上がり、短く下知した。

「門をあけよ!」


 その下知を今や遅しと、待ち構えていたのが、槍隊を率いる由利鎌之助であった。

 鎌之助は二の丸門が押し開かれるや否や、

「うおおおーっ」

 と、喉も裂けんばかりに獅子吼ししくして突撃した。

 これに、従弟の土屋重蔵がつづく。

 

 長身痩躯の鎌之助と、小兵ながらいわおのように筋骨逞しい重蔵は、ともに槍の遣い手である。二人は、それぞれの体躯に応じた槍術そうじゅつを会得していることから、長槍の鎌之助、短槍の重蔵と呼ばれ、周囲から一目置かれていた。


 この二人を先頭に、精鋭の槍隊が穂先をきらめかせて真一文字に敵に突進した。

 昌幸もまた、馬上でかかり太鼓を打ち鳴らし、自ら騎馬隊を率いて突撃した。

「かかれっ、かかれっ、かかれえーっ」

 常日頃、感情を表に出さない昌幸が、このときばかりは鞍の前輪まえわを叩いて、兵をあおるように鼓舞した。


 槍隊に突き崩され、騎馬隊に蹴散らされた徳川軍は、たまらず城下へと逃げ惑った。士卒の誰もが恐怖の色を浮かべ、怒号や悲鳴を上げつつ、自軍の負傷兵や死骸を置き去りにして、われがちに町筋へと逃げ込んだ。


 しかし、そこは焦熱地獄の一丁目であった。


 曲がりくねった町筋は狭く、しかもあちこちに千鳥掛けの柵がもうけられ、退路が巧妙に妨げられていた。徳川の大軍は真田が事前に張りめぐらせた「蜘蛛の巣」にからめとられたのである。


 火草率いるくノ一軍団は、この蜘蛛の巣である町屋に火を放った。火は折からの強風に煽られ、猛火となって、たちまち徳川兵の髪や具足に燃え移り、熱風に狂った軍馬はその馬蹄で数多くの兵を踏みつぶした。


 だが、これはまだ惨劇の序章であった。さらに悲惨なことが、徳川軍に襲いかかるのである。

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