第208話 上田合戦―2

 徳川軍は二の丸門から大手口の間で、進退きわまっていた。まったく身動きがとれない状態になってしまったのである。

 そこへ、弓鉄砲の矢玉に加えて、さらに石礫が雨あられのように襲ってきた。見上げると、城壁の上から、多数の女子供が必死の形相で大小の石を投げつけてきている。


『加沢記』によれば、「城地二里四方の農民ども籠城しければ、彼らを集めて男女ともに三千余人、百姓の妻女、わらんべ(童)には石つぶてを打たせられたり」とある。


「そーれっ」

「やーれっ」

 なんとものどかな調子の掛け声で石礫隊を指揮しているのは、福々しい顔の女であった。むっちり肥え太った年増女である。

 周りの者から「根津のかかさま」「お亀御前」などと声がかかる。

 それは、根津甚平の妻であり、幸村の養母でもあるお亀の方であった。


 太い猪首の上にのせたお多福顔が、こんな切迫した合戦の最中でも、周囲の者に大きな安堵感を与えている。常ににこにこ笑っているような顔と、のんびりした口調は、籠城する女子供らを引きつけ、彼女の周りはにぎやかなことこの上ない。


 徳川の雑兵どもは、途中、村々に押し入り、略奪、強姦、放火などの乱取りはもちろんのこと、青田借り様々の狼藉をしながら、ここまで進軍してきていた。

 多くの人々を飢餓に陥れる青田借りは、卑劣きわまる行為であった。

「徳川の侵略、断じて許すまじ!」

 老若男女問わず、領民のすべてが加わった総力戦が、今まさにはじまったのである。

 

 もはや徳川軍は死屍累々の有様となっていた。

 その混乱と狼狽ぶりを、二の丸櫓から見おろした火草は、どーん、どーん、どーん、と太鼓を激しく連打した。

 火草配下のくノ一どもが叫ぶ。

「今こそ、今こそでござる!」

 あらん限りの声で叫ぶ。

「皆々さま、今こそ打って出られませ!」

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