第204話 真田ゲリラ戦―2

 徳川の武者は、当然ながら正規軍ともいうべき見目よい甲冑をまとって、真田郷に攻め寄せてきた。

 それが、足軽らに石礫で散々、痛めつけられ、しかも汚い尻まで見せつけられて愚弄されたのである。


 これには、百戦練磨を自負する徳川勢も、さすがに怒り心頭に達した。

 全軍が冷静さを失い、

「おのれっ、信濃の田舎猿めっ」

「ええいっ、忌々しい。一人残らず討ち取れいっ」

 と、頭に血をのぼらせて猛追してきたのである。


 幸村らは、敵勢を誘い込むように、上田城下の街並みにするっと逃げ込んだ。それを追って、狭い町筋へ、徳川の軍兵がもみ合うように勢いよくなだれ込んだ。

 ところが、大手口をのぞむ町屋の一角にまで進むと、道のあちこちに千鳥掛けという互いに違いに組んだ柵があり、行く手をさえぎっているではないか。


 徳川の兵は右往左往し、なんとか小路へと歩みを進めたが、そこでも押すな押すなの大渋滞となった。

 小路のいたるところに、色美しい小袖や帯、金蒔絵の硯箱、香炉などといった豪華な品が置き散らかされていたからである。

「おおっ、こりゃあ、見事な!」

 寄せ手の足軽、雑兵らが真っ先に目の色を変え、それらの品々にわれもわれもと飛びついた。


「バカものどもめ。なんたるざまか!」

「やめよ。これは罠じゃ。それが分からぬのか」

「ええいっ、前に進むのじゃ!」

 足軽大将がそやつらの具足の背に、ピシッと鞭を当て、繰り返し怒号をあげたが、餓鬼となった者の耳に届くはずもない。

 あげくは、小袖などを奪い合って、喧嘩まで起こる騒ぎとなった。

 これでは進軍どころではない。


 徳川軍が城下でひしめき合っている、まさにこのとき――。

 町屋の屋根の上に、銀の三日月の前立てを打った兜に、赤糸嚇しの具足、黄金ごしらえの太刀を佩いた一人の若武者が姿を現した。

 銀の三日月の前立てが、陽に燦ときらめく。

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