第203話 真田ゲリラ戦―1

 筧十蔵の鉄砲隊、海野六郎の弓隊による猛射は、神川の流れを朱に染め、先鋒の隊伍を散々に乱した。

「母上、京のいずくかで何卒ご照覧あれ。これが、せがれ弁丸の戦いでござる」

 小国を見くびり、弱き者を足蹴にするばかりか、父昌幸の暗殺さえ謀った家康の軍に一泡ふかせてみせる。その気概に、幸村の胸は熱く燃えていた。


 先鋒隊の壊滅を目にして、第二陣の徳川軍が「なにくそっ!」とばかりに神川の流れに馬を乗り入れた。

 撤退の潮時であった。

 幸村は采をさっと頭上にかざし、無言で振りおろした。

 幸村の傍らに寂として控えていた副将の望月六郎が、

「ひけっ」

 と、短く下知するや、二百余の兵は、徳川勢の鼻先をかすめるように六文銭の旗指物をひるがえして、上田城方面へと走った。


「小癪なやつらめ。追えっ、皆殺しにせよ」

 逆上した敵が馬蹄の音を響かせ、川岸の道を遮二無二、追撃してきた。

 ところが、なんということでろあろう。

 先頭を疾駆していたはずの騎馬武者の群れが、馬もろとも忽然と消えたのである。


 後続の兵が口々に叫んだ。

「うおっ、落とし穴だ。大きいぞ」

「いくつもある。用心めされよ」

 幸村は馬上から見返り、敵が落とし穴の周囲をウロウロする様子を眺めた。

 その隣で馬首を並べる望月六郎が笑みを浮かべ、足軽頭に何かを指示した。

 すると――。

 足軽の全員が足を止め、大声で敵をあざ嗤ったのである。

「ワッハッハー、何をまごついておいでか」

「ヒャッハハハ、こっちじゃ、こっちじゃ。鬼さんおいで」

 さらに散々に石礫を投げつけ、敵の頭や顔などに雨あられと直撃する。

「い、痛い!」

「伏せよ。地に伏せよ」

 徳川勢はたちまち混乱と阿鼻叫喚の地獄に陥った。


 頃はよしと、望月六郎が、

「尻、見せよ」

 と、足軽らに下知した。

 その直後、これまた足軽全員が徳川勢に裸の尻を突き出し、

「ここ掘れ、ワンワン」

「ちっちゃいのは、イヤン、イヤン」

 と、愚弄した。

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